第三話 ナニ ニ オモワレタノカ 5
山海がこの世界から消えた翌日、彰人は同僚たちから休みを取るのを勧められたが、休まずに出勤した。
オフィスに顔を出すなり、多くの同僚たちから驚かれ、哀れがられた。ごく少数の同僚からは、「よくもまぁ、出勤できるよね」と、自分の神経を不気味がられた。誰に対しても悲しい顔をせずに、笑顔をやった。
やはり俺の頭はちょっといかれているのだろう、と、彰人は自分の席についてから思った。頭にぽっかり穴開いて、心もぽっかり穴開いているのか。
彰人は昨日の続きの仕事、デスクに置かれる担当事件の書類をまとめだそうとすれば、現在自分の上司である警部がすぐさまやって来て、それを阻止してきた。警部は全ての書類まで取り上げてきて、「今日は何もやらなくていい。休んでいろ」と指示をだしてきた。
警部が立ち去ってから、彰人は周囲を見る。周囲にいる何人かがこちらを見ていた。見られていたことに、別に何とも思わない。視線を前方の天井へやり、椅子の背もたれに寄りかかって、煙草を吸いだす。
「山海警部の奥さん、不倫していたみたい。不倫していた相手が自殺して、奥さんを襲ったのだとか……」
女が声を潜ませてそういったのを、彰人は耳で確かに捉えた。何とも聞き捨てならない発言だった。その女の声が、誰であるのか聞き覚えがない。すぐさま周囲を見て、その女がどこのどいつかと探したが分からなかった。
――何もすることがない。何もしないなんて真っ平御免だ。ならば、好きに動かせてもらおう。
と、彰人の身体が熱りたつ。煙草がうけつけられなくなる。赴くままに、山海の家へ向かった。
山海の家に着いた時は昼時であった。彼の家では担当の捜査官たちが仕事をしていた。その中に紛れて、彰人は捜査をすることに決め、上手いこと捜査官のひとりから調査書類を見させてもらう。
調査書類を読み進めていくと、山海の家に侵入して、山海の妻を襲ったおもどりになられた人は、山海にも、山海の妻にも関わりがあったことのない赤の他人であった。山海が述べた通りの流れで、山海の妻はおもどりになられた人に襲われて亡くなり、山海によってまずそのおもどりになられた人がお返しされ、次におもどりになった山海の妻がお返しされた。――そして気にならされる。
これを読む前から、気にはなっていた。山海の家に侵入したおもどりになられた人は、自分でも見聞してもいたが、相当腐敗と損傷が進んでいる。
そのおもどりになられた人は極めて高確率で意思がない。
彰人は調査書に記述されたその一文を見つめながら考えだす。
(山海にも、山海の妻にも関わりない。加えて意思のないと思われる状態でのおもどりになられた人は、何故ここへ入ってきたのか……)
その何故の答えは、まだ調査書に記述がなかった。
彰人は答えを自分で見つけるために、足を動かすことにする。大方の捜査官たちが昼食で家宅捜査を中断している頃を見計らって、人の往行が少ない家の中を見て廻る。
家の中で気になる点は、容易に見つけられた。庭から家へ入るためのガラス戸の鍵がある辺りを、くり抜かれるように部分的に割れていた。物取りが使う専門的な道具を使わないと、このようには割れないだろう。家の中へ入り込んだガラスの破片からして、外から割ったとは明らかだ。外から戸に穴を開けて、その穴から手を入れて鍵を開けたと想像させる。
意思がある、ない関係ない。身体の腐敗と損傷が進んだおもどりになられた人が、このように窓を割って侵入するのは不可能だ、と、彰人はガラス戸の割れてできた空洞を見つめながら、静かに結論を下した。
続
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