第三話 ナニ ニ オモワレタノカ 6
決して、誰かに先を越されたくなかった。
その想いが強く、その想いに、彰人はただただ押されていた。山海の家から直行してオフィスへ戻るなり、山海のデスクを調べだした。彼からして幸運なことに、山海のデスクはまだ誰にも手つかずであった。
山海のデスクの引き出しには、彰人がお抱えの『差出人不明の憎しみラブレターボックス』と似たもの、輪ゴムで束ねられた何通もの脅迫状があった。そして自分のボックスとは違い、さすがは曖昧なことを嫌う山海の性質を表していて、山海のものには差出人不明として届けられた脅迫状全て、どこの誰かからの特定を記されていた。
その差出人を見ていくと、山海へ執拗に脅迫状を送っている人物は二人いた。その二人は名前からして男に、女だ。彰人は記される彼らの名前と住所を手帳に殴り書くと、想いに囚われたまま、オフィスを出て、琥珀色の夕陽に照らされる世界で車を走らせた。
きっと想いは、運に掛けたのだ。
想いにより彰人が辿りついた先は、都会はずれにある古ぼけたアパートの、二階にある一室の前であった。その頃もまだ琥珀色の夕陽は続いていた。その一室の表札であろう紙に書かれる『野々田』と、手帳にメモした氏が同一であることを確認してから、胸を落ち着かせて扉を数度叩いた。けれど応答がない。なので、もう一度扉を叩き、呼んでみた。
「あの。どちら様でしょうか」と、応じると同時に扉が少し開いて、隙間から若い男が顔を覗かせてきた。彰人へ鬱陶しそうな目を寄越してきた。
彰人は若い男に警察手帳を見せ、自分の身分を紹介してから、彼が野々田茂樹であることを尋ねた。すると彼は明らかに動揺を顔に出した。なので、彰人は怒りを顔に出しそうになる。彼から当人であると認められてから、彰人は続けた。
「捜査一課に勤める警部、山海抄造さんへ脅迫状を何通も送っておりましたよね?」
「何のことでしょうか」と、茂樹は即座に突っぱねてきた。視線を彰人の肩のほうへやる。
「ちゃんと証拠はありますから。あなたが送ったと確定できる証拠はありますからね。手紙にあなたの指紋がばっちりついていますから」
と、彰人ははったりを使った。山海が纏めていた脅迫状の記載には、どのような経緯で特定されたかまではなかった。
そうですか、と茂樹は小さな声で返した。目をこちらに戻すことなく、黙り込む。彰人と茂樹の間に沈黙が佇む。
彰人がもう少しだけ返答を待とうとした時、部屋の奥から誰かがいるような物音が聞こえた。
「部屋に誰かいるのですか?」
彰人が尋ねた途端に、茂樹は悲鳴をあげた。
「お前は俺を殺しに来たのだろう? 助けてぇ」
茂樹は部屋の中へ逃げ込む。彰人は逃がすまいと茂樹を追う。灯りがついていない薄暗い室内で、小窓からは琥珀色の斜陽が注いでくる。部屋へ足を一歩進めるごとに、誰かが一定の場所にいてたてる物音がよく聞こえてくる。茂樹は一室へ逃げ、扉を閉めようとするが、それを彰人はドアノブを掴み阻止する。茂樹は閉めるのを諦め、逃げ込んだ一室の奥へと逃げる。物音の音源は明らかにこの奥からで、彰人は拳銃を手にして入りこむ。
入りこんだ先は、異界と呼べる空間だった。彰人を噎せ返らせる死臭が漂う。この空間には、猿轡、鎖のついた首輪に、手錠によって身体の自由を奪われた、ひと目でおもどりになられた人と分かる者の三人が狭い牢の中に押し込められていた。
何ということだ。
彰人の胸の中で怒りがぼやく。怒りが目つきを変え、その目を茂樹へ向けるため、茂樹を探る。その標的は開いた窓に片足をかけていた。標的と目が重なる。標的は怯えた顔になり、窓から身体を投げだした。
続
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。