第一話 タベチャイタイ 2
東北に位置する太陽が、結晶のような光を窓へとそそいでくる。
その光に浴びせられ、小さく開いた口から寝息を小刻みに吐く美香が、征矢はとても可愛らしく見えた。征矢が貸したTシャツに、昨夜から彼女が身に着けていたピンク色のパンツだけで、無防備に大の字でベットに横たわっているところも。
可愛さから、彼女の隣にまた戻りたくなったが、可愛くないと思えるものを見つけ、彼女の投げだした足元近くに腰を下ろす。
薄っすらとした、白い無数の帯が刻まれる彼女の左手首を、征矢は遠目から確認し直す。――地雷を踏んだ。別の意味で大当たりをした、と考えだす。自分の住むアパートに招いたことが軽率すぎたと後悔もしだしてきた。
征矢が彼女の左手首と睨めっこをしていると、彼女が唐突に目を覚ました。彼女はぼうっとした顔をして身を起こし、その顔を朝日が差し込んでくる窓のほうへやり、それから征矢のほうへと向けると、途端に愛らしい笑顔に変わった。
「おはよう。征矢さん」
征矢は口元がひきつりそうであったが、何とか彼女へ笑顔を作り、「おはよう」と挨拶を返した。
「もう起きていたんだね」いって、彼女は今の時間を尋ねてきた。
征矢は携帯電話に表示される時刻から午前九時過ぎたところだとを教え、「今日は平日だから大学の授業はないのか」と心配を装うふりをして、結果として彼女を家から追い出せる流れを試みた。だが、彼女から「心配する必要ない」と、あっさり流れを絶たされた。
「わたし、征矢さんのこと好き」
美香は照れ臭がるようにしていった。やっかいだと思いつつも、目の前にいる女の子が非常に好みの外見だから、征矢は悪い気がしない。
うん、と征矢は頷いてみせた。
「わたしは征矢さんの彼女になったのだよね。嬉しい」
美香は頬に赤みを走らせ、さも幸せそうな笑みをした。「この子は本気で俺が枕元でいったこと、全てを鵜呑みにしているのだ」と征矢は考えさせられ、やっかいにも頭まで痛くなってきた。
「わたしね、実はね、征矢さんと同じだったの。昨日、ひと目征矢さんを見た時から、征矢さんのことかっこいいなぁと思っちゃって」いって、美香ははにかむ。「その。なんといったらいいのだろう。征矢さんとおしゃべりして、征矢さんはすごく面白いから、征矢さんと付き合いたいなぁって思っちゃっていたの。だけど、わたしにはカレシがいるから、それはいけない考えで。だけど、その、征矢さんから付き合いたいといわれ、同じ考えなんだと驚いて、すごく嬉しくて」
美香から黙りこまれた。幸せそうな面持ちから一瞬だけ、目を物憂げに変化させたのを征矢は見逃さず、彼女は彼氏に対して罪悪感を胸に抱いていそうだ、と想像させられる。想像させられるも、ただ沸き起こってくる感情は、彼女からの告白による嬉しさだけであった。
征矢がついにやけると、美香から微笑まれ、潤ませた瞳を向けられる。言葉にしなくても、瞳でだけで、胸に抱く想いを必死に伝えよう、伝わってほしい、分かってほしいと乞いているように受け取れた。なんとも健気でいじらしく見える。
「わたし、今日中にカレシと別れる。征矢さんのために、わたしのためにも」
征矢は美香の左手首を見やる。今はそこにある白い帯を、彼女が膝上に両手を合わせ置いていることから隠され、見ることができない。ほんの少しの間そこを眺めてから、彼女に微笑んだ。
「そっか。嬉しいな。うまく別れられるといいな」
「うん。わたし、征矢さんとだけ付き合いたいから」
自分に対して含みのある発言のように、征矢は聞こえてしまった。自分に恋人がいると美香に知られるへまはしていないはずだし、美香の顔からしてそうではないと思えるも。
「いつまでここで一緒に過ごしても平気?」
「午後の二時までなら一緒に過ごせるよ。午後三時から大学の講義があるからね」征矢は正直に述べた。
「なら午後の二時になる、ちょっと前になったら帰るね」
美香の言葉通りに、征矢は午後二時になるちょっと前まで美香と自分のアパートで一緒に過ごすことにした。午後二時になるちょっと前になると、美香のほうから「家に帰る。迷惑かけたくないから」と気遣うようにいいだしてきて、「帰りたくない」とごねだしたりするタイプではない、それほどやっかいな子ではなさそうと印象を受けさせた。
「あとで連絡するから」
美香はそう告げて、自分のアパートを去っていった。征矢は三十分もしない内に連絡を寄越してきそうだと予想をしていたが、三十分過ぎても寄越してくることなく、大学の講義を終えてもなく、自分のアパートへまた戻ってきた午後八時近くにもなく、随分と予想を反された。
自分から連絡をやるべきか。もしかしてカレシと揉めているのでは、と考えだしていた午後九時頃、美香からメッセージが初めて寄越された。
〈カレシときちんと別れたよ。〉
これだけの一文であったが、征矢は腹を非常に、満足に、満たされた気分にさせられた。携帯画面にほくそ笑みながら、来週にデートへ行こうとのお誘いを打ち込みだした。
続
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