第一話 タベチャイタイ 6

 漆黒の空にほくそ笑みな形をした白い三日月が浮かぶ隣に、月よりも少し大きいくらいの、靄に似た銀色の輝きに覆われた黄色い惑星があった。

 アパートの窓から征矢はその惑星を肉眼で眺めてから、左手にある携帯電話を見やる。待受画面には午後八時二分と示される。画面をいじり、着信履歴を確認する。そこにある美香からの最後の着信時間は午後七時三十一分。

 すぐに帰るといったくせに、どこかにでも寄り道しているのだろうか、と征矢は呆れつつ考える。

 ——それとものんびりと歩いているのか。美香が電話をしてきた時、美香のいうには俺のアパートの最寄り駅からだった。あそこからここまで徒歩で約十五分。先週もテレビで放送される映画を一緒に見ようと誘ったくせに、映画が放送されてから三十分遅れてやってきた。相変わらず掴みどころのない子だ。

(まっ、そういうところも可愛いのだけど……)

 征矢は息を吐く。あの空に浮かぶ金星と思わしき惑星について、テレビのニュースで放送されているのかと気になり、携帯電話を手にしたままテレビを点けた。リモコンでチャンネルを早回ししていき、ニュースはどの局も放送していなさそうなのを確認し、暇つぶしにでもなるかと考え、バラエティ番組を点けておくことにした。

「いやだわぁ。サトウさんは朝からそんなことをしちゃうのですかかぁ?」

 テレビの中でアップに映された赤い着物を着た若い女がそういって、スタジオの観客席が映り、そこで大笑いが起こる。

(くっだらない。つまらねぇわ)

 征矢は小腹が空いてきていたので、カップ麺でも食べようと台所へ行く。台所でカップ麺を用意しながら、テレビからのおふざけな会話を聞いていく。

「今月はそのスポットにでもいって、ぜひ開運するという饅頭を食べにいきましょうかね」と、男のしゃがれた声。

「あ。わたしもついていきますよぉ」と、笑わせたいのが見え見えなイントネーションの、若そうな女の声。

 大勢の笑い声がおこり、またスタジオの観客席が映されているのを征矢は頭に思い描く。カップ麺ができあがり、台所で立ちながら、硬さのある中華麺を啜りだす。

「――緊急速報です。緊急速報です」

 征矢がカップ麺を食べ終わりかけた時、危機迫った意気込みのある男の声がテレビから流れだした。


 続

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