もうひとりの義母

 「まぁまぁ、そなたは青が似合うと思うておったが、これも実によう似合うのう。……ふむ、こちらはどうかえ? 妾が若い頃に誂えたものじゃが、これもなかなかよかろうて」

 上機嫌で装身具や衣を次々と取り出しているのはマニス妃殿下だ。このところ、何かにつけてはプティを呼び出しては、茶会を楽しんだりお古の衣服や装身具を与えたりしている。

 「恐れながら妃殿下、プティ・ダリ・クァール殿の婚礼が近づいておりますゆえ……」

 「ああもう、ヴェラットはいつも野暮天じゃのう。妾の楽しみを奪うでないぞ」

 不機嫌をあらわにするヴェラットと、子どものように駄々をこねる王妃。その間で着せ替え人形のごとく扱われているのがプティだ。ちらと目をやれば、遠巻きにして見ている王妃のお付きの女官たちが苦笑しているのが分かった。

 娘が欲しかったというマニス妃殿下は、息子の許嫁をことのほか可愛がっている。プティに何かしてやることが、とにかく楽しいらしいのだ。

 婚礼の衣装はプティの両親も力を入れていたが、王妃もまた支援を惜しまなかった。父のバパットは娘を思いきり着飾らせることでおのれの財力を世間に知らしめようという魂胆があったらしい。最初こそ王妃の「出しゃばり」に戸惑ったものの、ここまでひいきされている娘の様子はまんざらでもなかったようだ。むしろ、娘が権力者に気に入られているということは悪くない話ではないか。

 とはいえ、婚礼の準備やお妃教育で忙しい中、こうも毎回引っ張り出されるのは正直面倒だ。かといって、相手が相手だけに無下に断るわけにもいかない。

 王妃は王妃で、ここまでプティにかまう理由があった。

 「のう、プティ。予行演習じゃ。妾に向かって『お義母かあさま』と呼んではくれぬかのう?」

 「ひ、妃殿下、なにを仰せであらしゃいますか」

 「そなたは引っ込んでおれ、ヴェラットよ。のう、プティ、一言でよいから言うてたもれ」

 「……お、お義母さま……」

 「ふふ、嬉しいものよ」

 王妃はそう言いながら、プティを抱き締めた。

 「……そなたには辛い思いもさせてしまい、誠に相すまぬ。不肖の息子が異国の娘にのぼせ上って、ほんに面目ないことじゃ」

 ヒタムがあの乙女・ヒジャウを側室に置くことに対する、彼女なりの謝罪も込められているからこその、この厚遇なのだ。

 「妃殿下のお心遣い、このプティ、まことに痛み入ります」

 「まぁ、あまり気にせぬことじゃ。そなたは妃として大きく構えておればよい」

 「はい……」

 「そもそも蛮族の娘など、珍しいから手元に置きたいということだけじゃ。飽きたらそれまでよ」

 こともなげに言い放つ皇后に、プティは内心のざわつきを抑えられなかった。

 「お、恐れながら陛下、それではその……あの、ヒジャウ様にもお気の毒ではございませぬか」

 「ほほほ、そなたは優しいのぅ」

 王妃は手元の宝石箱を探りながら笑った。

 「じゃが、可愛い猫とて年老いて鼠を捕らぬようになればお払い箱じゃ。何をそこまで案じる必要があろうぞ?」

 「………」

 その笑顔には何の迷いも怒りもない。プティは絶句した。

 この人はこれまで何の苦労もなく嫁ぎ、世継ぎを産み、ここまでやってきた。女人として順風満帆の、恵まれた生涯だったことだろう。それゆえに、異国の海賊や奴隷、奴婢など、はなから人とは認めていないのだ。

 質が悪いのは、それを悪いことだと露ほども思っていない。彼女にしてみれば、息子が惚れているのは人ではなく、毛色の変わった珍しい犬猫の一種だとでも思っているに違いない。

 「お二方は仲睦まじゅうございますからね。側室など持たずともお子さまには恵まれ、何よりでございましたから……」

 ヴェラットが渋面を崩さずに答える。この老女はあからさまにヒジャウをけなすが、王妃はけなす以前の問題なのだ。そもそも人として認めていないのだ。

 珍獣が騒いだところで「それがどうした」という考えだろうし、それが当たり前の世界で生きてきたのだ。加えて側室に悩まされることもなかった。

 ああ、この人には妾腹の肩身の狭い小娘の悩みや、異国で一人孤独に暮らす乙女の悩みなど、何万遍説いたとしても分かってはもらえまい。

 こんなに優しい人なのに……。

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