美しき舞
薄物の布を頭から被った娘は、そのままゆっくりと動き始めた。
緩やかな
動くか動かないかの、非常にゆっくりした動き。ともすればまだるっこしいとも思えるような舞は、日鼓がとん!とひときわ大きな音を響かせたとたん一変した。
それまで被っていた薄布を勢いよく放り投げ、ふわりと飛び上がった娘。
――ああ、やはり!
プティは思わず叫びそうになるのを必死で堪え、両手で口をふさぐ。
舞っているのは間違いなくあの乙女。ほっそりとした体に、乳白色の薄布でできた衣をまとい、結いもしない金茶色の髪をたなびかせて軽やかな動きを見せる。
放り投げて宙に舞った薄布をそのまま掴むと、乙女はそれまでとは打って変わって敏捷に跳ね回る。楽曲も調を変え、軽快かつ陽気な響きを聴かせる。観客が歓声を上げ、曲に合わせて手拍子を叩く。
気が付けばプティも音に合わせて手拍子を打っていた。ふと隣を見ると、ヒタムもまた、楽しそうな表情で手を叩いている。
乙女の舞は美しかった。褐色の肌は夕日に照らされて輝き、その細い手首には小さな星鈴をあしらった腕飾りが光る。つかみ取った薄布をひらひらとたなびかせ、優美な動きで観客を魅了している。
「……何と、美しいのでございましょう」
思わず漏らした言葉は、ヒタムの耳にも入ったらしい。
「そうか、そなたもそう思うか」
それまでの仏頂面とは程遠い彼の表情に、プティは驚いた。酒のせいで機嫌が良いだけではない。わが意を得たりと言わんばかりの嬉しそうな顔だった。
「は、はい……。軽やかで、まるで宙に浮いているかのようにも見えまする。天女のようでございますね」
「うむ、その通りだな」
ああ、良かった。プティは安堵した。この舞が良ければあの乙女は宮中に召し抱えられるという。ヴェラットが忌み嫌う、野蛮で卑しい海賊・バジャク族の娘。だが、ヒタムが言うように才があるのなら、少しは彼女も救われることだろう。
それに、自分が王太子妃になったあかつきには、何か口実を設けて彼女を呼び寄せ、舞を見せろという口実で再会できるかもしれない。そんなあさましい下心、誰にも知られてはならないが。
「よし、そなたがそう言うのであれば、あの娘の身の処し方も不安なかろう」
「殿下、ありがとうございます。殿下の慈悲深いお心、痛み入ります」
「ふむ……そうか。まぁ、そなたもそう言うことだ。それでよかろう」
ヒタムが先ほどとは違う類の笑みを見せた。先ほどは、同じものを喜び合う共感めいたものだったが、今度のそれは少し色が違う。どりらかと言えば「してやったり」とでも言いたそうな、何か出し抜いたことを喜ぶような顔色だ。
乙女の舞が終わった。再び宙に放り投げた薄布が、その場にひざまずいた彼女の上に、ふうわりと落ちてくる。最初に登場した時と同じように、薄布に身を包んだ彼女が、その場で一礼をする。
わぁっと観客から歓声と拍手が巻き起こった。
「よろしゅうございましたな、殿下」
「うむ、クディアもそう思うか。良い、あれは実に良い」
「はい、まことに……」
従者の返事に、プティも内心うなずく。見ればディアも、頬を上気させ手を叩いて喜んでいる。唯一、むすっとしているのがお堅いヴェラットだ。蛮族の娘が王太子を喜ばせたのが、どうにも気に入らないようだ。
「では、後程あの娘を連れてまいれ。分かったな、ヴェラットよ」
「心得ましてございます……殿下」
ヴェラットは、どうしてそんなに気に入らないのだろうか。
プティはその理由をまだ知らなかった。
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