海賊の娘

 「今日は話ができて楽しかったぞ、プティ。また来てくりゃれ」

 マニス妃殿下は上機嫌でプティの手を握った。

 「こちらこそ、数々のお心遣い、痛み入ります」

 「……あれももう少し愛想がよければのぅ。何しろ荒くれ男どもの中で揉まれて育ったゆえ、女人への作法がどうにものぅ」

 苦笑しながら、妃殿下はそっと耳打ちした。

 「また、抜き打ちであれの様子を見に行こうぞ」

 ヴェラットがこれ見よがしに咳ばらいをした。

 「おお、怖っ。女官長殿はおむずかりかえ?」

 「……ときに妃殿下、王太子殿下におかれましては、お怪我もすっかり治ったようであらしゃいますな」

 「ああ、そうじゃな。あれだけの荒稽古をこなせるようになったのなら、もう心配はなかろうて」

 「お怪我……でございますか?」

 初めて聞く話だ。しかし妃殿下は、手をひらひらさせて笑った。

 「なに、案ずるなプティよ。少しばかりやんちゃが過ぎただけのことぞ。それに、あれも若いから、治りも早いわ」 


 「昨年の雨季の終わり頃でございましたかねぇ……」

 離れに戻ってきたプティは、ディアから事の仔細を聞かせてもらった。

 お付きの武官と共に、西側の島の一つ、ラウット=ワルナを訪れた時だったという。

 「実は、ラウット=ワルナの長である、オラン・トゥア一族への表敬訪問の折、かねてより問題になっていた海賊たちと出くわしまして……。もともとはこの訪問も王族ではなく、武官たちだけの予定だったのを、王太子殿下が陛下の名代ということで同行を強く主張なされまして……」

 ディアが言葉を濁す。その先はプティにも何となく分かった。

 「その途中で、海賊に出くわした、ということでございますね?」

 「……はい、表向きは」

 血気盛んな若者なら、海賊征伐に意気込んだとしてもおかしくはない。海賊征伐を前面に出せば、反対の声も上がるだろう。だから表敬訪問を装ったのだ。

 「殿下のお怪我はその時の……」

 「とはおっしゃいましても、あばら骨にひびが入った程度だったとか。もちろん、お付きの武官たちの働きも大きかったことでしょう」

 結果として、若き王太子は見事海賊を征伐し、次期国王としての器を周囲に知らしめることとなったのだろう。軽い怪我の一つなど、むしろ戦う男の勲章とでも思っているに違いない。

 「で、その海賊は……?」

 「全て捕らえられましてございます。異国の集団だったそうで……」

 「異国の……?」

 「バジャク族という集団です。またの名を『海のさすらい人』といい、生涯を海で過ごすとも言われております。また、男も女も海賊で糧を得ているとも噂されております」

 「まぁ、恐ろしい……。で、その捕まった海賊たちは?」

 「さ、さぁ、あまり詳しいことは」

 ディアは嘘が下手だ。知らぬふりをしていても、その表情からは海賊たちにどんな処遇がなされたかを知っている様子がありありと見て取れる。

 「処刑、もしくは奴隷としてこき使われている……違いますか?」

 「……プティ様の慧眼、誠に恐れ入ります」

 おそらく、首領とその側近は問答無用で処刑されたことだろう。では、下っ端や女子どもらはどうなったか。奴隷として死ぬまで働かされるか。そして……

 「女奴隷なら……」

 プティにもその先は容易に想像がつく。誰かの囲われ者か、はたまた場末の売春窟に娼婦として売り飛ばされるか……。

 同じ女として、あまりにも気の毒な話だ。もちろん、海賊という彼らの生業は許されない。しかし、それ以外のたつきを知らず、それが当たり前のこととして生きてきた彼らにしてみれば、むしろ今の仕打ちのほうが理不尽だろう。

 「ところで、ディア様。バジャク族の方々は、どんななりをしているのですか?」

 「わたくしも、一度しか見たことはございませんが……」

 そう前置きして話してくれた彼らの外見は、プティの心をざわつかせるものだった。


 浅黒い褐色の肌、彫りの深い顔立ち、明るい金茶色の縮れた髪……。

 ――そうか、あの乙女は……!

 夜が恋しかった。早く夜になってほしい。さすれば、またあの庭園に赴いて、あの乙女に会えることだろう。

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