小さな夜会

 「プティ様、あの……」

 女官の一人がおずおずと声をかけてきた。

 「はい?」

 「な、何かお気に召さなかったのでしょうか?」

 「?」

 女官は申しわけなさそうにプティの前に置かれた夕餉の膳を見つめた。そういえば、粥も果物もあまり手を付けていなかったことに気づいた。

 「ああ、ごめんなさい。美味しくないとか、口に合わないとか、そういうのではございません。ただ、ちょっと食欲が……それに、今日はお昼に妃殿下からお茶に招かれましたため」

 「さようでございましたか」

 確かにここ数日の暑さで、食が細くなってはいた。しかも今日は、マニス妃殿下に招かれて茶会に赴き、いろいろと口にしたから、あまりお腹が空いていなかったのだ。

 そこに持ってきて、相も変わらず冷淡な王太子と、境遇が気になるあの乙女……。ついつい心がそちらに飛んで、食事もあまり喉を通らなかったのだ。

 下女は安堵のため息を漏らした。仕えている方の食欲不振は、供する側の責任が問われる。ましては乾季の暑さも手伝って体調を崩したとあっては、きつく叱責されることだろう。

 と、プティはあることを考えついた。

 「では、ちょっとお願いしてもよろしいでしょうか? お膳は下げてくださって、この果物だけを残しておいていただきたいのです」

 夜中にお腹が空いたときに口にしたいと言うと、女官はにっこり笑った。

 「それはよろしいお考えです。では、これからはそう致しましょう」

 程なく、果物をいくつか盛り合わせた手つきの籠が寝室に運ばれた。

 「プティ様、今日はお疲れでございましょう。もう、お休みになられた方がよろしいのでは?」

 ディアの申し出に、内心は飛び上がって喜びたいのをこらえつつ、プティは黙ってうなずき、礼をすると寝室に入った。


 寝台に横たわり、小一時間ほど静かにしていた。

 「……お休みのようでございますね」

 「ええ、今日は急にお呼ばれなどもあって、身も心もくたくたでしょうに」

 「しっ、お前たち。プティ様が起きてしまいますよ。さぁ、わたくしどもも下がりましょう」

 様子を伺っていたらしい女官たちは、プティが眠ったと信じたのだろう。じきに衣擦れの音がして、彼女たちが寝室前から離れていったのが分かった。

 プティは先ほどの籠と燭台を手に持ち、そっと裏庭に出た。


 秘密の庭園に、乙女の姿はなかった。昨夜のあれは夢だったのか。いや、そんなことはない。抱きしめた華奢な体の感触は、いまもこの身に残っているではないか。

 と、プティの肩に、何かが乗った。例の乙女の飼っている子猿が、甘えたような鳴き声と共に、いきなり肩に飛び移ってきたのだ。

 「まぁ、お前ときたら! どうしてそんな風に人を驚かすの?」

 子猿は小首をかしげてプティを見つめる。くりくりした目が何とも愛らしい。

 「また、お前、悪い子。脅かす、良くない」

 くすくす笑いながら、待ち人が現れた。ああ、やはり夢ではない。美しい乙女が小ぶりな水がめを手に歩いてきた。

 「こんばんは、わたくしの大事なお友だち」

 「こんばんは、わたし、大好き、お友だち」


 さびれた東屋の中で、二人はささやかな、しかし楽しい夜会を開いた。プティが持ってきた果物と、乙女が持ってきた少しばかりのヤシの実の果汁。子猿は大きな口を開けて、桃にかぶりついていた。乙女が困ったように子猿に注意を促す。

 「お前、たくさん食べる、良くない。お腹、痛い、痛い、なる」

 「この子猿ちゃんに、全部食べられないうちに、わたくしたちもいただきましょう」

 二人で果物を分け合い、一緒に食べる。乙女もヤシの実の果汁を勧めた。だが、飲もうにも、盃がない。

 「ちょっとお行儀が悪いけど、こうやって飲みましょう。ここに注いでくださいな」

 両手を広げて出した中に果汁を注ぎ、手で飲んだ。

 「はい、あなたもご返杯」

 今度はプティが少女の手に注ぐ。

 「……おいしい」

 「本当に……手が汚れるのはいたしかたないけど」

 濡れた手を水場で洗いながら、二人は笑った。

 「わたし、楽しい」

 「わたくしも、楽しいですわ」

 乙女の笑顔に嘘偽りはない。それが、プティの心を安らがせる。

 子猿もすっかりプティに慣れたようだ。抱き上げても、嫌がるそぶりを見せない。

 

 「可愛い、可愛い、お客さま。あなたは何処からいらしたの……」

 気が付けば、プティは詩を詠んでいた。乙女は、目を閉じてプティの声を聴いている。

 静かな庭園で、二人だけの、甘く楽しい夜会だった。

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