宝石と政治

 照りつける暑さが少しずつ減り、代わりに体全体にまといつくような湿気が増えてきた。乾季が終わり、雨季が訪れたのだ。

 それまで雲一つない晴天の空に、にわかに暗雲が掻き曇り激しい雷雨がやってくる。だが、ひとしきり降ると再び空はからりと晴れる。その繰り返しだ。

 この雨季が終われば、プティとヒタムの婚礼が執り行われる。王太子妃として、世に出るのだ。そして、プティが嫁ぐとほぼ同時に、あの乙女――ヒジャウもまた、側室として王宮に入るのだ。

 「あれあれ、あそこで鳥が喧嘩していますよ」

 プティが部屋で刺繍を施していた時だった。女官の一人が窓を見ながらつぶやき、他の女官たちも窓際から外へと目をやる。

 「ああ、青羽鳥あおばどりですね」

 「縄張り争いでしょうか?」

 「いいえ、恋の争いですわ」

 「まぁ、何と?」

 「恐らくこの近くに雌の鳥がいるのでしょう。ああやって羽を大きく広げ、自分の方がつがいの相手にふさわしいと訴えているのです」

 「まぁ、さようでございますか」

 「鳥の世界も大変ですわねぇ……」

 聞くともなしに聞いていたプティは、刺繍の手を止めた。鳥の世界も、恋の諍いがあるのだ。今の自分も、周囲からはそう思われているのだろうか。

 傍から見れば一人の男をめぐって二人の女が争うことに見えることだろう。そして、そのさまを面白おかしくはやし立てる者も出てくることだろう。

 「プティ様、お疲れではございませぬか? あまり根を詰めない方がよろしゅうございましょう。このあたりで少し休憩いたしましょうか。これ、お前たち。無駄口を叩いておいでではない。茶の用意をいたせ」

 手を止めたプティを、ディアが心配して気遣ってくれる。

 「ありがとう、ディア様。ですが、これは殿下へのためのもの。少しでも早く仕上げなければ……」

 婚礼のための準備は多々ある。衣装や装身具はもちろんだが、その中に相手のために贈るものを、自ら用意するというしきたりがあるのだ。

 花婿は花嫁のために、自ら宝石を一つ採取すること。花嫁は花婿のために、相手を象徴する紋様を刺繍で施すこと。

 プティは王太子が当日まとう細帯に、太陽と海の波を模した紋様を刺していたのである。太陽は、将来の王となるヒタムの象徴。海の波は、先だっての祭りの中で行われた「海走り」の勝者となったことの意味だ。白い布に、金糸で太陽、銀糸で波を描いていく。

 「美しゅうございまするな。プティ様も腕をお上げになられました。そこらの職人にもかないますまい」

 「大袈裟ですわ、ディア様」

 「いえいえ、殿下もお喜びでしょう。そして、殿下もどのような宝石を採りに行かれたことか……」

 少しばかりディアが嬉しそうな顔をした。

 「あの……ディア様。こういう時、王族の方はどのような宝石を、どうやって採られるのでしょうか」

 「ああ、それはでございますね……」

 ディアによると、大体は海に潜り、真珠やサンゴなどを取ってくることが多いという。確かに海の恵みを受けている国としては、それが普通だろう。

 だが、今回ヒタムが向かったのは海ではなく、山。鉱山に向かったというのだ。

 「先日、聞いた話でございますが、バトゥ=ワルナに赴かれたとのことでございます」

 「バトゥ=ワルナ……ですか?」

 今でこそ裕福な島だが、かつては岩だらけで、非常に貧しい国だったそうだ。

 「そうですねぇ、それももう昔話になっていますがね」

 お妃教育では、国の政治も学ぶ。バトゥ=ワルナの歴史も教わった。

 岩山に囲まれた島で、畑作ができるような土地が少なく、農耕には不向き。海岸もごつごつした岩礁に囲まれ、漁にも不便なところだった。

 その国を一新したのが、この島を治めているクルヒ一族の長、アッサンだ。彼は島の岩石を全て調べ上げ、ただの岩山と思われていた島内に、多種多彩な鉱山を発見したのだ。

 それから五十年もしないうちに、バトゥ=ワルナは豊かな国となった。プティの父・バパットはあの島を「成金」呼ばわりするが、アッサンの手腕と政治能力は、認めざるを得なかったようだ。

 「アッサン様は、才能がある者は身分の上下なく雇い入れ、またおん自らも汗を流して国を富ませたお方。王太子殿下は、そんなアッサン様のお考えをいたくお気に召されたご様子です。殿下も王になられたあかつきには、広く民の考えに耳を傾け、才ある者を取り立てるようになりたいとお考えのことでしょう」

 宝石を採りに行こうとしたのは、彼がアッサンを気に入っているせいもあるらしい。

 「素敵な宝石が来るとよろしいですわね、プティ様」 

 

 

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お妃様は秘密の花園で禁断の恋に落ちる 塚本ハリ @hari-tsukamoto

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