気づき

 義母のイブニャはプティが住む離れで一泊した。女官たちが言うような、積もる話などなかった。翌朝、イブニャは帰路についた。「次は婚礼の場で」と言い残して、いつもと変わらぬ、穏やかな笑みを浮かべたまま。そして、プティたちへと実家からの土産をたくさん置いていった。

 プティは庭を眺めながら物思いにふけっていた。そんな彼女を、女官たちはふさぎ込んでいるのはと心配している。実家の母親と久しぶりに会ったことで、里心が付いてしまったのではと思っているらしい。

 しかし、プティの気持ちは違っていた。自分もああなってしまうのだろうかという、不安と怖れだった。

 嫁いだ夫が他に女を作り、子を産ませる。妻として、母として、それを当たり前と受け入れるうちに、義母の心は硬く凍り付いていったに違いない。あの穏やかな笑みも、常に夫に従う振る舞いも、全てはあきらめの果てに得た鎧のようなものなのかもしれない。

 実母もそうだ。彼女もまた理不尽に手を付けられ妾にされた果てに自分を産んだ。捨てられなかったのは父の恩情か、義母の計らいか。「我慢しましょう」の一言でプティを守り、そして世を去った母。彼女は父を愛していたのか、それとも諦めていたのか。

 プティが嫁ぐ男もまた、既に他の女に夢中だ。プティのことを顧みる気など毛頭もないらしい。初対面の時からその事実を言い放ち、それでもよければ嫁に来いという態度だった。このまま嫁いだとしても、不毛な関係なのは火を見るよりも明らかだ。

 「……プティ様、お礼を述べたいのですが……」

 ディアがおずおずと声をかけてきた。聞けば、イブニャはプティだけでなく、女官たちにも土産の品をいくつか持ち込んできたという。綺麗な布、真珠、香木、香油など、美しいものが数多く運び込まれた。

 「このようなお気遣い、誠にありがたく頂戴します」

そういえば、プティが夜あまり眠っていないようだ、という女官たちの言葉に、寝つきが良くなる香油を持ってきた、と言っていたらしい。

 「ああ、この香油ですね。枕元に置くと、いい香りがしてぐっすり眠れるとか……」

 「そうそう、でもね、使ってはだめなこともあるのですよ」

 「あら、どのような?」

 「身ごもっている方にはお勧めできないのですって。どういうわけかは知らないけど、流れてしまうそうよ」

 「まぁ、気を付けなくてはいけませんねぇ」

 女官たちの会話を聞きながら、プティも届けられた品々を見ていた。美しく刺繍された帯があった。密林の中で、動物たちが生き生き暮らしている様子を絵にしている。軽やかに跳ね回る鹿、威厳を見せてこちらをにらむ獅子。鮮やかな羽を広げて飛ぶ孔雀。木々の間を跳ね回る猿など、まさに動物絵巻のようだ。

 「お猿さん……」

 あの乙女が飼っている子猿を思い出すと、涙が出そうになる。

 そうだ、落ち込むのもそこなのだ。

 夫となる男に邪険にされるのも別に苦ではない。しかし、その夫が懸想している相手があの乙女ということが、プティを苦しませる。

 なぜ、どうして……

 プティはようやく気が付いた。

 あの乙女を愛していること。

 そして、その乙女がよりによって夫となるヒタムのものにされてしまうことへの悲しさ、悔しさが、おのが身を責めさいなんでいることを。

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