義母の諦観

 「……失礼いたします」

 女官たちに連れられて入ってきたのは、義母のイブニャだった。お妃教育の期間中は会えないとばかり思っていたが、マニス妃殿下の計らいがあったらしい。嫁ぐ前に母娘で語らいの場を設けるのも悪くないだろうと、気を利かせたということだ。

 「お久しぶりですね、プティ。元気にしておりましたか?」

 「はい、お義母さま……」

 深々と礼をする。イブニャもまた、未来の王太子妃へ礼を返した。

 「イブニャ様、プティ様におかれましては、日々お妃教育にお励みにございまする。特に、詩作はあのダラット卿も一目置かれるほどで……」

 ディアが我がことのように胸を張って答える。

 「さようでございますか……それはよろしゅうございました」

 「ささ、母娘で積もる話もございましょう。どうぞこちらでおくつろぎくださいませ」

 来客用の部屋に茶菓や果物などが運び込まれ、イブニャと二人きりにされた。本来であれば、めったなことを口走らないよう、監視役の女官が側に控えるものだが、ディアもまた気を利かせてくれたようだ。もっとも、プティとしてはむしろ第三者がいてくれた方が気づまりなく過ごせた気がするが。

 「プティ、頑張っているようですね」

 「……はい」

 「女官の皆様も、良くしてくださるようで安心しました。それに、畏れ多くも妃殿下が実の娘のように可愛がってくださると……」

 「は、はい。実は、今日着ているこの服も、妃殿下が若い頃にお召しになっていたものを譲ってくださりました」

 青が似合うと言ってくれた王妃がくれた、薄青の上衣と濃紺の腰巻。金糸銀糸の刺繍も上品だ。

 「良かったですね。似合っておりますよ。お前を嫁がせることになって良かった……」

 「お義母さま……」

 静かに微笑む義母は、故郷にいた頃と変わらない。物静かで、控えめで、女人の美徳を全て備えたような人だ。この人なら、それこそ自分のようにお妃として宮中に嫁いでもおかしくはなかっただろう。

 そんな人を相手に、どこか気づまりなのは自分自身の出生を負い目に感じているからだ。妾腹の子、庶子。そんな自分を実子と分け隔てなく育ててくれたことを、プティはどこかで申し訳なく思っている。

 「お義母さま、嫁ぐ前にお聞きしたいことがございます。よろしゅうございますか?」

 「……? 珍しいこともありますね。いつも、どこか遠慮気味だったお前が言うのは、よほどのことでしょうか」

 小首をかしげてプティを見る義母の目は優しい。

 「嫁ぐ娘は不安があって当たり前。ましてやお前はやんごとなきお方に嫁ぐ身ですからね。……で、何を聞きたいと?」

 「既にお義母さまのお耳にも入っているかと思いますが……」

 プティは二人きりなのを幸いと、ヒタム王太子と彼が可愛がっている寵姫について話した。さすがに、王妃の人を人とも思わぬ言い草や、自分がその寵姫と仲良くしていることは伏せるしかなかったが。

 「お義母さま、わたくしは幼い頃から考えておりました。わたくしは妾腹の子です。なのに、お義母さまは何の分け隔てもなく、わたくしを慈しみ育ててくだすった。それは何故でしょうか? わたくしの実母が憎くはなかったのでしょうか?」

 「……」

 「今のわたくしはお義母さまと同じようになるのです。側室ができることに対し、わたくしはどう振る舞えばよいのか分かりませぬ。みな、正室なのだから臆することはないと仰いますが」

 「……」

 「妃の務めは子をなすこと。ですが、万が一にもわたくしが子に恵まれず、側室がお子をなしたとき、わたくしは自分がどうなるのか不安なのでございます」

 「プティ……」

 イブニャの声色は、いつになく低い。思わず見た義母の表情は、プティをおののかせた。

 「それがどうであれ、夫の行いなら従う他に何がありますか」

 声は淡々と、そしてその表情は何も示していない。それはまるで、王宮の随所にしつらえられている彫像のようだ。何の感情もなく、凍り付いたような。

 「お前の母に旦那様のお手が付いたことも、すべて旦那様のお決めになること。それに従うのが妻の務めでしょう」

 「で、ですが……」

 「それが、旦那様のお決めになられたことなのですから」

 ああ、この人は……。

 怒りも、嫉妬も、全て諦めてしまったのだ。そして、それを私にもなせと言外に告げているのだ……。

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