謁見
「ブンガ=ワルナの頭領にしてクァール一族の長、バパット・クァールが娘、プティ・ダリ・クァールにございます。国王陛下、妃殿下に拝謁の機を賜り、恐悦至極にございます」
謁見の間に通されたプティは、膝をつき頭を垂れ、手を前に組んでの礼法で挑む。初めての謁見に緊張はしているが、思っていたよりも声はよく出たと思う。
今日の装いは若草色の腰巻と上衣。髪は後ろで一つに束ね、三つ編みにして小さい蓮の生花を挿した。化粧は薄く、装飾品は小さな耳飾りと首飾りだけ、と控えめだ。もともと派手な装いは好みではない。それに目立つような装いはしたくない。どこで妬まれるかわかったものではないからだ。とはいえ、どれもこれも決して粗末なものではない。服は絹製で、襟元や裾に同色の糸で蓮の花や蝶などの刺繍が細かく施されている手の込んだものだ。装飾品も小ぶりとはいえ純金と珊瑚を組み合わせたもので、目のある人が見れば相当に高価なものであることが分かるだろう。
「ようこそお越しくだされました、プティ・ダリ・クァール殿。面を上げられませい」
国王の側仕えが王に代わって命じる。プティはゆっくりと顔を上げた。玉座に控えているのは国王チョクラット三世陛下と、その妻であるマニス妃殿下だ。二人とも年のころは父のバパットよりも少しばかり年上のように見える。威厳はあるが、決して近寄りがたいという印象はない。むしろ柔和な笑みを浮かべ、その表情には悪意も敵意も感じられなかった。
「ほほう、可愛らしいのう」
「ええ、まことに。お声も小鳥のようで……」
「うむ、確かに良い声じゃ」
二人とも若い娘の緊張をほぐそうとしているようだ。プティは心の内で安堵のため息を漏らす。
「せがれよ、そなたの許嫁だ。挨拶せよ」
国王が、玉座から一段低い位置に立ったままで控えている青年にそう言った。彼が許嫁のヒタム王太子殿下だろう。日に焼けた浅黒い肌と癖毛気味の黒髪に、白い衣がよく似合っている。意志の強そうな太い眉と、大きな目。気丈で頼もしそうな印象の好青年に見えた。だが、その表情は硬い。どことなく不貞腐れているような仏頂面だ。
「ようこそ、私がヒタムだ」
「……お初にお目にかかります、プティ・ダリ・クァールにございます」
「うむ」
「……」
プティは言葉に詰まった。自分から気安く話しかけられる相手ではないだけに、彼の短い挨拶では何も答えようがない。
「これこれ、そなたは相も変わらず無愛想で口下手じゃの。許嫁殿が可愛いから照れておるのかえ?」
王妃がからかうように声をかけても、その表情は変わらない。
「プティ、お妃修業に励むように。私からはそれだけだ。では、失礼つかまつる」
ヒタムは言うだけ言うと、両親である国王夫妻に礼をしてその場から立ち去った。
「これ、待たぬか! ……ああ、もう。相すまぬ、プティよ」
「……まったく、もう少し気の利いたことも言えぬのかえ?」
「わが息子ながら、いささかぶっきらぼうでな。ああ見えて根はやさしいのじゃが」
「妾のしつけが至らず、ご婦人への礼儀が行き届かなかったようじゃ。プティよ、あれに代わって詫びを申しましょうぞ」
なんとも気まずい雰囲気を少しでも和らげようと、国王夫妻はプティに話しかける。プティも笑ってごまかし、早々にその場を辞した。
――プティ、女は望まれて嫁に行くのが幸せなのですよ……
義母上様、どうやら私はあまり望まれてはいないようです。胸の中がざらざらする。国王夫妻が自分を気遣ってくれたのが、唯一の救いだ。
「王太子様とのご婚約、まことにおめでとう存じます。プティ・ダリ・クァール様。わたくしが女官長補佐のディアにございます」
ふくよかな中年女が淑やかに礼をすると、背後にいた数人の女たちも彼女に従って礼をした。国王夫妻との謁見を済ませて連れて来られたのは、王宮の一角にある離れ。そして彼女たちは、プティの身の回りを受け持つ女官たちだ。今日から一年間、ここがプティの住まいになるという。
「お輿入れまでの一年間、わたくしどもが誠心誠意お仕え申し上げます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「ディア様、わたくしは右も左も分からぬ小娘ゆえ、至らぬところもありましょう。こちらこそ、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」
プティの言葉に、ディアも満足げに微笑んだ。
「身に余るお言葉、恐れ入ります。今日はお疲れでございましょう。ささ、皆の者よ、お支度をなさい」
ディアがぽんぽんと手を叩くと、女官たちは素早く動き始め、瞬く間に茶菓や果物が用意された。部屋の向こうでは小間使いの下女たちが騒いでいる。プティの身の回りの品々を運び込むため、そっちを持て、それはこっちだと走り回っているようだ。
「あれあれ、騒がしいこと。これ、あの者たちにもっと静かになさいと伝えよ」
娘のような若い下女たちを叱責する姿は、ふくよかな外観もあいまって、女官というより頼れる肝っ玉母さんのような人だ。
「プティ様、お茶はいかがでしょう? 花の香りがいたしますのよ」
「あらあら、ダメよ貴女。お茶の前に甘いお菓子でしょう? プティ様、こちらは極上の蜂蜜を使っていて、大層美味でございますよ」
他の女官たちも、プティよりは年上だが、みな姉のように優しく接してくれている。華やかで美しくて、優しい彼女たちに、先ほどまでのざらついた胸の内が癒されるようだ。
プティは改めて部屋を見回した。建物はかなり古いようだが、造りはしっかりしている。許嫁を迎え入れるためだろう、壁は塗り直されているし、補修もされているらしい。随所に花が飾られ、香が焚かれているのか、よい香りが漂っている。あちこちに目をやるプティを見て、ディアが「他のお部屋もご覧になりますか」と声をかけてきた。
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