再会と抱擁

 夜が待ち遠しかった。同時に怖かった。どんな顔をして彼女に会えばいいのか。 

 一時は疑いもした。自分の知らぬところで、夫となるヒタムと共に、何も知らない自分を嘲笑っていたのかもしれないと。ずっとあの庭園に行けなかったのも、そのせいだ。

 だが、言葉も拙い彼女が書いた「会いたい」という一文と、そこに添えられた蘭の絵。花の意味は「愛情」。手巾に蘭の花を刺繍して恋人に贈るのだという話を、あの乙女は覚えていてくれたのだ。

 プティは文を強く握りしめた。


 久しぶりの夜の庭園は、何も変わっていない。初めて燭台を手にしてここを見つけた時と同じだ。

 一つだけ違うのは、互いの立場。身上も名前も知らなかった、ただの「お友だち」だったのが、一人の男をめぐって対立する間柄になってしまったことなのだ。それも、到底拒むことなどできない立場で。

 はたはた……と足音がした。間違いない、あの乙女だ。燭台を手に、こちらへ向かってきた。その姿を見た途端、プティの中に燻っていた思いは全て吹き飛び、代わりに甘く温かいものが全身を満たす。

 「……」

 「……」

 二人は月明りの下、無言で抱き合った。互いの温もりと、柔らかな感触。それが全てを物語る。華奢で壊れそうな細い体。私の大切なひと。

 乙女もまた、その華奢な体からは想像できないほどの力でプティを抱き締め返す。その息苦しさすら、プティにとっては愛おしかった。

 「……泣いているの? わたくしの大事なお友だち」

 「……」

 乙女の体は小刻みに震えている。

 「……あ、あなた、も泣いて、いるの?」

 乙女にそう言われて、プティも自分が涙を流していることに気づいた。ああ、そうだ。嬉しくて、そして哀しくて、それまで堪えていたものが全て涙となって流れているのだ。

 「そう、あなたに会えて、嬉しくて、切なくて……涙が出るの……」

 「……ごめん、なさい。わたし、のせい、ね」

 乙女はその場に平伏した。

 「あ、あなた、えらい人。わたし、知らなかった。好き、なのに。わたし、あなた、困らせた……、ごめんなさい!」

 今は許嫁とはいえ、間もなく王太子妃になる自分に対し、奴隷上がりの身から側室へと進むこととなった乙女。自分自身の存在がプティにとって失礼かつ迷惑極まりない。それを理解したからこそ、ここまで泣いているのだろう。

 「も、もう、わたし、会う、だめ? でも、会いたかった、です」

 「……お顔を上げてくださいな、お友だち」

 プティもその場に跪き、乙女と同じ高さの目線になった。涙で濡れる彼女の顔は、月明りに照らされてひときわ美しい。

 ふと、きぃっと小さい声がした。見ればあの子猿が、乙女の側にぴたりと張り付き、心配そうに顔を覗き込んでいる。

 「お猿さん、ありがとう。あなたがいなかったら、わたくしは今夜ここで大事なお友だちを失うところだったのよ」

 プティの呼びかけを理解しているのかいないのか。子猿は小首をかしげている。

 「……ヒジャウ様、わたくしプティ・ダリ・クァールは間もなくヒタム王太子殿下に嫁ぎます」

 ここでは禁じられていた、相手の名前を初めて口にする。乙女は…いや、ヒジャウはびくっとしてプティの顔を見つめた。

 「そして、ヒジャウ様は王太子殿下の側室になられます」

 「……」

 「ですが、それが何だというのでしょう。ここで出会い、語り合い、笑いあったことは全てわたくしたちの大事な宝物。わたくしも……あなたを失いたくはないのです」

 プティもまた、ヒジャウの前に平伏した。

 「お願いです、立場が変わってもお友だちでいてください。ここは寂しいのです」

 「プ、プティさま……」

 周りの人はみな優しい。だが、違うのだ。憐れみの優しさなど、何になろうか。

 心のままに語り合い、笑い合える大事なひと。妃と寵姫という関係など関係ない。この絆を壊したくはないのだ。

 「プティさま、わ、わたしも、あなた、好き。お友だち、なくす、いや、です」

 その言葉が欲しかった。

 二人は泣いた。泣きながら互いを抱き締め合い、心が一つになるのを感じた。

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