第15話 付かず離れず離れられず

「これは?」

 僕は極力、罵詈雑言を口にする事で己の語彙までが堕落するのを避ける為に、ソクラテスみたく問答によって、相手のぼろが出るのを待った。


 かのが持ってきた二作目の小説は、見事なまでに駄作だった。


 素人が偉そうに、と思われかねないが、編集者や文壇を喜ばせるしか能のない作品に果たして真価はあるのだろうか。ローマ皇帝が代々、家柄や民族によって選抜されるのではなく、また古代中国の如き天命を賜った訳でもなく、元老院と市民によって選ばれた市民の第一人者プリンキパトゥスとしたように、僕もまた、読者の第一人者であり、実際に良しあしを決めるのは僕なのである。

 それ故に、プリンキパトゥスは、尊厳者、そして後に東西の正帝を表すアウグストゥスなる称号を共に付与されるのであった。


 人によってはこのような些細な歴史雑学であっても、退屈で時の空費の何ものでもないと、何者をか恨むであろうが、かのの書いた第二の作品は、それにも増すガラクタだ。

「うぅ、病む」

 さっきから鳴き声のように、やむやむ言っているが、これほどまでにいら立つのは、第一作が強烈な感性度を誇り、僕は焼こうとさえしたのだ。いかに期待度が高い状態であったとしても、これはあまりにも、といったレベル。もはや詐欺とさえ言える。


「あれから少しだけ月日が経って、このままじゃ、最初は嫌がってた僕も小説を催促しだすと寝る前にでも思って、急いで作っただろ」

「そ、そんなのじゃ……」

「そりゃ、小説を書くのは難しいだろうし、読者にとってはものの数分で読める数千文字かもしれない。でも、それでも、かのはもっといい小説が書けたじゃないか」

 よく両親が僕を怒るとき、こう言っていた気がする。泣くくらいならしっかりしておけ、と。これが正しいかは、僕も人の子である以上、断定することは生涯、不可能かもしれないけれど、少なくとも才能ある人間にはその義務が伴うというノブレス・オブリージュは、四民平等であるかどうかを問わずしても、おろそかにはできない。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 僕は暴力が嫌いだ。それはもう、活動家になろうかと数年に一度悩むほどに。それは父親が血気盛んだった事への反動でしかない。

 だが、暴力とは、殴る蹴るだけじゃないよと、幼稚園や小学校、その後数年間にわたって教育されてきた。

 もしこの現状が啓蒙を目的とした教材映像で、生徒たちは十数行で観た感想を書かねばならないとした時、きっと僕は悪役だ。

 本当に僕が活動家なら、それはそれで『男の正義は、やがて狂気に』みたいな一本のドキュメンタリー映画として成り立つのかもしれないが、これは、幾度となく小説よりも奇なりだと言われるものの、それを伝える媒体はいつだって小説であるという虚構にまみれた現実。

 僕は他人を意図して不快にさせるのは嫌いだ。それは信念からくる感情ではなく、たんなる偽善であることは他でもない、僕自身が認めよう。

 だけど、気まずさは寝る前や暇な時間に数千回も再シミュレーションを繰り返すのが、内向的で排他的な人間の十字架であり、今しっかりケアしなければ永遠に反芻されるのは経験上知り尽くしている。


「焼肉行こうか」

 先輩とは結局行けず仕舞いで飯テロ被害が凄まじいので、場の雰囲気だけでなく救えるものは出来るだけ救っておくに越したことはない。

「ボク、あんまりお金ない、です」

 おい、もう胃は焼肉なんだよ。

「あんまり食べ過ぎるなよ」

「うん!」

 原稿用紙も忘れずバッグへ入れ、僕らは陰鬱な我が部屋から出て、焼肉ダンジョンを開始するのだった。

 流石に焼肉屋で推敲は出来ないので、最後は身の丈にあったファミレスだか喫茶店に行くのだろうが。難易度が低いところからレベルを上げるのはゲーマーでなくても常識。そう、僕らはこれでいい。

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