第14話 サタンとメンヘラの拮抗
「君はこれまで、積極的に愛を求めてはこなかったが、それと同時に愛を拒まないようも努めてきた」
非現実を突き詰めていけばそれはシュルレアリスムとして現実となるように、彼がしたり顔で語り掛ける事自体にももはや疑問を抱かなくなった。願わくば今すぐ視力と聴力を封じ込めることで彼の存在そのものも消し去るという屁理屈的シュレディンガーの猫作戦を実行したく思う。
「君はこれまで誰かと良好な関係、いや、悪くない関係を築いてはこれたが、貴方しかいないと言われたことはあっただろうか」
そんなもの、低視聴率ドラマでしか聞かないだろうと言おうとしたが、ふと青と黒の物体が脳裏をよぎる――――
「おはよ」
「おはよう」
「顔色も少しはマシになったね」
夜が終わり、世界が再び明るさと怠惰とで包まれた頃、そこには月が輝いていないのと同じように既に男は姿を消しており、いつの間にかそこには、桜木先輩でも看護婦でも泣いた田舎のおふくろさんでもなく、かのが座っていた。
男の色白さは、いつもとは対照的に純白に身を包んだかのへと一瞬にして変貌していたのだ。
「ありがとう」
病院へと連れてきてくれたのは救急車だろうが、それを呼んでくれたのはかので間違いないだろう。だから僕はその事にも感謝をしたが、正直、悪魔の誘惑から解き放ってくれたのは、かのという異分子のおかげだと、疲労と寝ぼけから感じてしまったのだ。
でも、かのは感謝の言葉にそこまで意味が込められているとは知らない。
器用な職人は出際よく、最小限の効率的手法でもって作品を完成させるが、不器用な職人はそうではない。言葉足らずは技術不足であり、プログラムに無いサービスを機械は行わない。不祥事を起こした際に、何を反省し、何を改善するのかを明確にしなければならないように、『ありがとう』もまた時として、単なる一言では十分な機能を果たさない。
「良かった」
かのはそう言うと泣き出した。彼女もまた、言葉足らずだ。
国語という教科が、ただ言語の意味や書き方を習うのではなく、本心を汲み取るカリキュラムであるのは、社会に出て必要なのであり、無人島では不必要な、高度な文明技術だから。
「秋君がいないと、ボク、病むよ」
その言葉には既にどことなく病み具合を感じさせたが、その目は決して虚ろではなかった。
無条件の愛。それは紀元前にあらせられた救世主が掲げた、最後の審判の後に待つ復活への道しるべ。
人を殺してはならないと律法や刑法は声を大にして言うが、異教徒や異邦人は地獄へ落ちるというのが世の常であり、愛が真の意味で無条件に行われたことは人類でも稀であり、アンゴルモアの大王がやってくると予言することは出来るのに、アガペーの実践は容易ならざる神秘のままだ。
「ボクには秋君しかいないの。秋君とはまだまだいろんな事もしたいし、ボクの書いた小説も読んで欲しい。だから、死なないでね」
それは僕への嘘偽りのない本心であるように感じられ、また彼女自身に対してもはっきりと言い聞かせているような迫力があった。
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