第2話 臨死:体験版

 拝啓、お父さんお母さん、今までありがとうございました。

 これを読んでいるという事は、最後に私が迷惑をかけてしまったという事です、本当にごめんなさい。二人からいただいたこの身体は傷みつけられたかのように見えるかもしれませんが、心はそうではありません。

 私は自らの意志でこういう結末を選びました。

 それは許し難い行為だったかもしれません。しかし、どうか責任などを感じないでください。私は死ぬしかなかったのではなく、死ぬという選択を進んで選んだのですから。



「………もしかして前科でもあるんですか」

「お、ってことはいい感じ?」

「まあ、これでご両親が納得するとは思えませんけどね」

「そうは言っても、その頃私はこの世にいないんだから、知ったこっちゃないよーだ」

 返す言葉もない。結局、自らの手で自らを殺すという行為は、自己愛の暴走と言ったところなのだろう。自分の運命を過信したが故の挫折。これ以上、他人に傷つけられないようにと、自らそのハードルを限界値まで下げる。もはや彼ら彼女らにとって、死後の恥辱など取るに足らない問題であり、生前は誰一人としてその欠片すらも見せなかった同情という人間生命の特権にして汚点たる欲求が、世間という統治機構の中で、批判派を対処してくれる。

 先輩の楽観性こそ、ある意味では自殺者の大きな側面なのかもしれない。


「内容はテンプレでいいの。告発文にしても、自分がその後を見届けられなかったら、なんにも楽しくないし。だからせめて、自筆で遺すのが流儀なんだよ」

「師範代の言うことは違うなあ」

 確かに先輩は百均で購入した筆ペンで巧みにたくみの字を縦書き便箋に記していた。

 僕はというと、雰囲気づくりには万年筆が欲しいところではあったが、そんなものが売っているはずもなく、ボールペンでお粗末な遺書を書いていた。ある意味では僕の方がリアルとも言えるが、統計の上では日常茶飯事でも、実感として自殺というのは非日常的事件であり、やはりどうせならしっかりと締めくくりたい。

 それはあたかも武士道を全身に巡らせた大和魂の権化のような考えだが、実際は、美人な黒髪ショートボブでオシャレな先輩とのコミュニケーションの一環でしかない。

 それこそが、自殺者は社会の異分子ではなく、大衆の一人である証拠なのかもしれない。


「君はなに書いたの?」

 惜しむらくはボールペン字を練習するノートを一緒に購入しておくべきだったという事だろう。



 ――僕のコレクションは、その手の店に行けば高く売れます――



「なにこれ」

 ………まだまだ僕の遺書センスは未熟なようだ。

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