第3話 あくまでも僕らは川岸に
重要だかそうでないのかよく分からない、いや、こうして再確認しているということは深層心理では何らかの意味を見出だそうとしているのだろうが、僕らは決して恋人・カップル・アベック、ましてや許嫁でも婚約相手でも夫婦でもない、単なる男女二人組なのである。
こうして何をするでもなしに、河川敷で青春の輝かしい一分一秒を二度と返らぬ下流へと捨て去っているところは、案外、恋仲に見えなくもないが、明日、いや、今どちらかが走りだそうものなら、金輪際、再開する保障は無いのである。
などと表現すれば、いかにも脱俗的で超俗的な関係にも思えるが、死が二人を別つまで、と神に誓った彼らだって、披露宴の時には何の因果か、離別していても理屈も現実の上でも否定はできない。会うは別れの始めであるのは神世からの条理なのだから。
「夏目漱石って確か川で心中したんだよね?」
「太宰治です」
「そうだっけ」
彼女は別段、読書嫌いではなく、むしろ僕に時折『面白い本あった?』と探ってくるくらいには興味がある。しかしそれは文学史ならびに雑学やトリビアへも興味を持っているということにはならず、ある意味では珍しいタイプの読書家なのであった。
そんなどこか気だるげな会話は時として反発意志を生成することがある。
僕は気づけば先輩に写真を撮られていた。なぜって、僕が川へ飛び込んだから。
もはや何かの病気ではと、頭が冷えたおかげか自分でも疑ったが、美人なのにうっすらと目の下にくまのある先輩が楽しげに僕を撮りまくるので、最適解な行動だったのかもしれない。
とにもかくにも、謎の衝動でニュースに出ない為にも、代わりの服を探しにカッパみたくびしょ濡れな格好のまま、街へと繰り出すのであった。
「濡れた甲斐がありました」
「あはははは」
もしかして壊れてるのは僕の理性ではなくて先輩の感性なのではと心配した頃、安くてオシャレと噂される服屋へ堂々と入店する。
仮に僕が明日、熱を出したら川ではなくこの冷たい目線のせいだろう。
「せっかくだから奢ってあげる」
「あざっす、先輩」
「ジャージがよかった?」
「根っからの帰宅部なんで、自分」
真顔でのやり取りを見て見ぬふりする店員。前々から服屋の店員の妙な接客方針には心底うんざりしていたので、これからも濡れてこようかしら。
「流石は……と言ったところですかね」
「イケメン君に大変身だね」
イケメン君かはいざ知らず、美人な先輩によるコーデは『イケてる好青年』のようなシンプルであるけど、演出できない都市伝説的ワードである清潔感をフェロモンの如く振り撒いていた。
「もしかして生きる気力沸いてきちゃったかな~?」
「これで僕もカッパ野郎から稀代のモテ男か」
………今の関係性を崩すのは簡単だ。
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