第17話 浮き沈みは持続性の敵
『つまんないの』と言った先輩は、その後しばらくの間、確かにつまらなそうにしていた。
洒落のつもりか知らないが、『これで私はシメ』と言って、ようやく最後にしめ鯖を取った時も、どこか浮かない顔をしていた。
それほど僕とかのの事が気になるのか?
違う。
きっと先輩は、僕とかののような関係性であっても、世間一般における幸福とは意味が異なるという不条理さに嫌気がさしたのだろう。
それともこれは僕の深層心理か。
このまま別れては、もう会えないような気がしてならず、僕は中身ではなくただ時間の長さだけを優先し、先輩と離れなかった。
そんな駄々っ子根性が何かを生み出す訳もなく、気づけば太陽までもが落ち、街や草花の色合いには、陰鬱とした影がべったりと貼り付いていた。
「じゃあね」
先輩は『じゃあまたね』と類似しつつも、何か虚しさを感じさせる響きでもって、今日という日の終わりを告げた。
いつもより少し長く一緒に居たのに、いつも以上に心が遠く感じた日。みすぼらしい総括をするとすればそうなるだろう。
寒さでかじかむので、ポケットに両手を仕舞い込みながら夜道を歩いていると、玄関の前に異形のモノが…………
「そこで何してる」
真っ黒なオーバーサイズのパーカーを着ていては、暗闇と区別もつきにくいが、おそらくかのだろう。
そんな余裕と厄介だと感じた今の気分に衝撃を食らわせたのは、なにもかのの顔がのっぺらぼうであったからではない。
その目は真っ赤に腫れて弱々しく、しかしながら、強い意志を込めてこちらを睨みつけていたがために、僕は驚かされたのである。
「と、とりあえず上がりなよ」
普段、いくら斜に構えようとも、それこそ、日中から年上の女性を寿司屋で憂鬱にさせるような色男であっても、それは結局、社交たる昼の顔であって、本性はいかほどの偽善者か知れたものではない。
付き合っている間は紛れもなく紳士であった男は何も女性を欺いていたのではない。ただスーツや外出用の服装だけで、ジャージ姿を見ていなかったに他ならない。
そして、僕の本性とは、泣いている女性には、何の気の利いたセリフも含蓄ある訓話も出てくる訳でもなく、ただ部屋へ連れ込み、泣き止むのを相手と時間とに委ねる人でなし。
かのの目には明らかに怒りがあった。僕への怒りが。
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