第18話 行き違いにご注意ください

 こうするしかなかったにせよ、軽率に部屋へと迎え入れた事を早くも後悔していた。

 というのも、何と言って話を切り出していいのか分からないからだ。

『どうした?』や『何かあった?』などが無難にも思える反面、かのの敵意とも言うべき眼を見た僕が、そのような事を言っては、かえって火に油を注ぐ形となるやもしれず、案外、困り果てているというのが本音だ。


 それにしても、かのにも表情があったとは知らなかった。いや、むしろ目を背けていた、彼女が先輩や僕、謎の男に、赤の他人といった、様々な人間模様と何一つとして違うことの無い存在であるという大前提を。

 僕はどこかで甘えていたんだ。かのは結局、僕を許すと。なぜならかのには僕しかいないから、といった高慢な憶測に頼って。

 確かにかのは度々そのような旨の事を言ったりもしたが、はたして戦国時代でなく、この太平なる世において、文字通り天涯孤独な存在は、かつてほどの価値を持たないのではないだろうか。

 つまり、人は誰しもが孤独であり、また反対に、誰しもが社交やネットなどの対人サービスなどによって、孤高になることが出来ない時代なのだ。

 恋人もセフレも友人も知人もお得意様も推しも、誰もかれもが大小を問いつつも繋がれる世である。


 それゆえに、僕はかのが親友でも恋人でもなく、まさしく名状しがたい稀有な繋がりのある他者であると夢想していたのだった。


「秋君は先輩の事が好きなの?」

「嫌いじゃない」

 だが、好きだとは思いたくなかった。そう、僕は既存の繋がりを欲してはいないのだから。

「じゃあボクのことは?」

「嫌いじゃない」

「先輩がもし告白してきたら?」

「あのさ、」

「答えて」

 意図が読めないにもほどがあるが、僕は「付き合うかもな」と答えておいた。付き合いたくない訳ではない。でもそれは、断った時に、もう元の関係に戻れないことへの臆病さがYESと答えさせただけだ。

「じゃあ、ボクは?」

「考えたこともない」

「今後考えるかもしれない?」

「否定はしない」


 まるで腕利きの判事に、知らぬ間に外堀を埋められていたせいで、次に言われる確信的な質問によって、真実がさらけ出されるのではないだろうか、と不安に思う自分がいる。


「ボクは先輩の代わりじゃない。約束も守れない人は最低だよ」


 そう言うとかのは僕の差し出したインスタントコーヒーを受け取らずに立ち去った。

 察するに、僕はかのと交わした何らかの約束を反故していたらしい。全く記憶にないと言うと、話はこじれていただろう、いや、もうふて寝では誤魔化せないほどにこじれているが………

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