第25話 五感がなければ苦しみもない
声が出ない。まず最初に気づいたのはそこだった。
目隠しも、拘束もされている。体感的には椅子に座らされているのだろうが、そこがどこなのか、そして口は拘束されていないのに、なぜ声が出せないのかは全く分からない。
赤坂さんと晩ごはんを居酒屋で食べていた。飲酒はしてないのに、ふと意識が薄れ、赤坂さんが笑っていた。
その後の記憶が何一つない。
…………まさか、赤坂さんがハードなプレイに持ち込んだとも思えない、いや思いたくないが、それ以外に海外ドラマのようなこの状況で冷静さを保つ術はない。
それならそうと、恐怖ではなく快楽を享受したいという、成人男性な自分を深層に感じ取るも、ここには人の気配がない。
赤坂さんも拘束されている、のか?
グローバルに見れば比較的平和な日本でも、そのような犯罪が行われない訳ではない。
だが、その被害者になるとはそこら辺の駐在所のお巡りさんでも考えていないだろう。それほどに、この状況は稀で、果たしてどう行動すればよいものか、何一つとして具体的かつ建設的案は出てきやしない。
仮に僕がかのと会う事が出来なくなったという精神的損失によって、とうとう夢遊病にかかったとしよう。
それならば、赤坂さんは一人で帰ったという事か?それとも、医療従事者として、僕を物理的に制御したのか。
いずれにしても、いつまでもここにこうして居る訳にはいかないだろう。
人間は太古の昔から、暗闇という運命から脱却しようと文明を発達させ、そうすると共に幽霊や悪魔などの副産物を文化に仕立て上げた。
空腹うんぬんの問題もそうだが、人間は暗闇での孤独に耐えられない脆さを、21世紀の現代でも心の深くに秘めている。
最悪の事態を本能ではなく知識で知っているのが、人間と動物の最大の違いなのかもしれないなどと考えていると、ガチャガチャと鍵の音が聞こえる。
誰かが部屋に入ってくる。
僕は体を揺らして物音をたてるべきか迷っていた。
残念ながら、入室者が警察ではない事くらいお察しで、となると消去法的に言えば、犯人が帰ってきたという事になり、財閥の跡取りでもないんでもないフリーター男を監禁するのだから、愉快犯に違いなく、僕が必死にもがいているのを、相手は恍惚と侮蔑の目で見るに決まっている。
これが僕のプロファイリング。FBIと合同捜査してもいいレベルだが、僕は被害者側にキャスティングされているのが残念だ。
「飲むヨーグルトいる?」
第一声は何の変哲もない会話だった。むしろそれによってサイコ感を際立たせようという演出なのかもしれない。
イチゴ味なら欲しいが、ブルーベリーは苦手なので、フレーバーを尋ねたいところだが、今もなお発声できそうにない。
マジでこれだけは何故なんだ?口に違和感が無いのが非常に怖ろしい。この状況で一番怖いんよ。
「君は今までよく頑張ったよ」
飲むヨーグルトのフレーバーは何味か分からないから尋ねたいが、話し手もしくは犯人の正体は、変声機を使用していない限り、九分九厘・十中八九、赤坂さんなので、無理に声を出そうとせず、なぜこうなったのかをもう一度振り返ることにした。
まあ、いくら考えても分からないけど。いや、マジで声さえ出せれば推理の真似事もしなくて済むのに。どうして声がでない。
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