第24話 薄まる意識の中で彼女たちは

 ずるずるとカップうどんをすする音がにわかに聞こえる。いつの間にこんなものを買い、お湯を沸かし、注いだのだろうか。

 ぼんやりとた思考は、この少しのびた麺と同じで、健康に害は無いが、かろうじて最低限度の機能が働いているだけで、哲学や美食へと向上する見込みなど欠片もない。


 再生ボタンを押さなかったために、主たる目的である音楽の出力ではなく、耳に違和感しか与えなくなったイヤホンをようやく外すと、そこには結局、静寂な日常しかないのだった。

 窓の外は季節の変わり目らしく、日差しは強くないがそれほど気分は晴れ晴れとしない曇り空。


 目的のない食事。


 何もかもが冗長で、形式ばっているのに、演技の出来は三文役者以下。学生の頃もそうだった。

 だがそれは、ある種の中二病的な態度であって、曲がりなりにも自分の為に生きてはいた。それがかのという人間の登場で生きる意味を自分以外に見いだせた。

 だがそれも所詮は、平安時代から言われた無常観とやらの履行の一側面。


 誤解を招くのを承知で表現すれば、全てが空虚になった今から思えば、お見舞いですら、僕にとっては楽しみだった。

 修道士は神の御心の為に、オタクは推しの為に、そして僕は寝たきりのメンヘラ女の為に。ニーチェの言う超人のような自分の足で人生を歩むのは相当、精神力を要する。

 だから僕たちは誰かの存在を自身の糧として立太子させ、官人みたく取り計らう。


「………流石にのびすぎ」


 ここは本当に現実なのだろうか。


 *****


「で、また性懲りもなく来たんだ」

「かのに会わなければ問題ありません」

「それで堂々と浮気って訳」

 独りでいるのが怖い。それがここまでの人生での唯一の真実に思えた。だからこそ、詭弁によって神の名まで持ち出すのだ。

 世間を浮き世と言い換える事も出来るが、浮き沈みなどない僕にとっては憂き世と言い換えるのが妥当。

 そしてその憂いは他人と会話することで誤魔化しがつく。

 ………だから空虚だというのだ。


「仕方ない、奢ってよ」

 相当呆けた顔をしていたのだろう、赤坂さんは返事をしない僕の肩を殴ると、口で笑って、清潔な廊下をコツコツと進んでいった。


 *****


「キャバクラとの違いは、慈悲の心の有無ですかね」

「ばーか。私は軽くも優しくもないよ。もし今日も君をうちへ帰していたら、きっと死に化粧を私がしなきゃいけないんだろうなと思っただけ」

「そんなに絶望したような顔でしたか」

「いいや、栄養不足な捨て犬みたいだった」


 胸元が少し強調されている気がしてならない大人な装いな赤坂さんはいつになく悲し気な目で笑っていた。


 綺麗な人だなと改めて思った時には、意識がみるみるうちに遠ざかっていくのを感じていた。

 最後に視界に入ったのは嬉しそうな赤坂さんと僕がテーブルに倒れた衝撃でこぼれたお冷だった――――

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