第7話 副流煙にも愛を
男は結局、何も語ることなく、当初の目的通り、無用なタバコを一本、消費することに成功したのだった。
僕もまた、何の意義も無い日常の一時を、不審者の到来によって改編する事が叶い、Win-Winかは分からないにせよ、利害は一致していたのは確かだ。
そうして男はにこやかにその場を去っていった。果たして彼は何者なのだろうか、それはついぞ明らかにできなかった。
再び、晴天のもとに独りとなった僕だが、喉が乾いたことに加え、美人な先輩も、熱中症によってこの世に生を受けた幻覚のような男ももはや現れることも無いだろうと、いささか願望にも似た諦念がかたまったので、ようやく僕もその場を去った。
帰宅すると、郵便受けに、A4サイズの封筒が乱雑に突っ込まれている。アナログが未だ脳髄を支配する僕に、有名ネット通販から何かが届けられるはずもなく、ならば見たくもない公的な文書の類いか、ポスティングによる無差別爆撃か、まだ見ぬ乙女による怪文書か。
仕方なしに僕の方でも乱雑に引き抜いてみると、送り主の名は見当たらず、いよいよ嫌な予感がしてくると共に、それなりに厚みもあって重みもあることを体感で知る。
魔法の言葉のようにため息をつきながら解錠し、見慣れた自室へ封筒を持ち込む。何らかのバトル・ロワイアルへの招待状ならそれっぽい感じのものが届くのだろうが、こいつの中身は数十枚の原稿用紙だった。
『無題』
タイトルから矛盾を感じつつも、女性的な繊細な文字を目で追うかどうか迷っていた。
お隣さんが出版業に類する職業についている人物であれば、郵便局員のミスなのだろうが、あいにくなことに隣は空室。しかるにこれらは僕への贈り物だと推測される。
「………先輩じゃないよな?」
今度は、甚だしく願望に似た諦念である。きっとそうであってくれ、遠回しなラブレターなのだと。
この時だけは、あえて無視してきた希望的妄想たる、“先輩が僕にしょっちゅう話しかけるのは、他でもなく僕の事が好きだからでは?” にすがりたくなった。
とはいうものの、先輩が小説家を目指しているという情報データは有しておらず、となると作家志望の変質者的な女性が意図してか、わざわざ僕へ情熱をおすそ分けしてくれたということになる。
タバコを渡されれば大人しく吸う僕は、送り主不明の奇妙な小説であろうとも、まるで文学に精通した玄人のように、審美眼を研ぎ澄ませつつ、批評家を演じる、生粋の中二病であり、他者との繋がりが無ければ、やがては絶望しだすメンヘラの同胞資格者なのだ。
閉店時間を知らせるクラシック音楽を聴きながら、その日の夜、僕はマッチを購入した。
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