第11話 遥かなる哀しい調べ
「ね、今夜空いてる?」
桜木先輩は寒空のもと、いつも通りの唐突さでそう切り出してきた。だけども僕らの中にアポイントメントという慣習は存在しなかった。
今こうして学食で同じテーブルに座って、きつねうどんの油揚げを没収されて、その代わりに先輩の頼んだえび天のしっぽを放り込まれた事もまた同様に何の断りが無かったのが僕らの理なのであって、偶然なのか必然なのか、思い返せば隣に居る、だけど恋人ではないため、気づけばまた誰も居ないというのが僕らの距離感なのだ。
僕は先輩のパシリでもなければ、保護者でもなく、法定代理人としての義務の無い、セフレよりも自由な繋がり。
サルトルは『人間は自由の刑に処されている』としたように、僕らにとっての自由には、好不調もなければ、ドライな関係という訳でもない。
サルトルとボーヴォワールの契約結婚よりも近代的な、運命の作用しない偶然のような微妙な空気感。
そんな器用なようで不器用な繋がりをいとおしいとさえ思っていた。
だからこそ、容姿端麗な先輩に今夜の予定を聞かれるという、大学生にとってはもはやステータスにさえなるような問いかけであっても、僕は違和感に悩まずにはいられなかった。
「どうしたんですか」
そんなエゴイスティックな意図など知る由もない先輩は、後輩の予定を尋ねるという荒廃加減ではなく、今夜何があるのかという質問に感じたらしく、「焼肉」とほほ笑んでいた。それでもその笑顔にはいつも通り、いや、ややもすると基準値を超える陰りがあるように感じた僕は、初めて先輩と約束を結ぶことにした。
その小さな決意には、ある刑事ドラマの過去編にて、恩師キャラが『人間は嘘をつく。嘘をつくことには理由がある』という、主人公にとって後に大きな指針となる言葉を語り掛けたのをフラッシュバックされたからだ。
つまり、今の先輩はきっと、いつも通りを装っているのだと、先輩にとっては邪推以外の何ものでもない憶測を抱いたわけである。
「あ、秋君だ」
海老のしっぽには触れずに学食を裏口から出た途端、そんな声が聞こえてきた。何だか、これからとてつもなく嫌な事が起こってゆく予感がしたのを僕は決して忘れてはならない。
「彼女さん?」
僕は先輩に恋愛感情を抱いている訳ではない。だが、この言葉が発せられたことに僕は不快感を覚えたと同時に、目があまりよくないのを言い訳にかのの事を睨んでいる事にふと気づかされた。
「彼女じゃないです、かのです」
まぬけな挨拶をする青髪メンヘラボクっ娘。と言うか、やっぱり同じ大学のやつだったのかよ。
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