第5話 孤独は森ではなく都会で

「時に先輩」

 僕は友人と呼べる人間関係が存在しない。それは先輩に対しても例外ではなく、僕は先輩を友人とも片思い相手ともヒトのメスとも考えてはおらず、ただ『先輩』として儚くも今、僕の隣に座って空を見上げている。

 何が見えるのかと話しかけながらも僕の意識は頭上に存在しているであろう大空へと羽ばたいてゆき、ベンチにはそっくりな男女の二人組が形成される。どちらがオリジナルでどちらが模倣か、時たま前を通り過ぎる人々は知らずに、視線を上へと誘われる。

「お先真っ暗、って言葉あるじゃないですか」

「無い」

「個人的にはそういう時って、真っ暗というより、まばゆい空間で全てが照らされてる気がするんですよね」

 先輩はため息だか、目に見えぬタバコの煙か、もしくは雲を動かそうとしてアフリカかアメリカに台風を生成させてしまったのか分からないが、ゆっくりと上を見つめながら息をした。何だか洋画かそれに憧れた安っぽいCMみたいでカッコよかったので今度、物思いに耽った時は僕も真似してみよう。

「それで?」

「真っ暗だと、自分の感覚で進むしかないじゃないですか。でも、閃光に現状が全て明るみにさらけ出されたとき、初めて『ああ、自分はこんな情けないんだ』って自覚するんですよね。だから僕はお先真っ暗って言葉を生み出したヤツは偽善者でメンヘラだと思います」

「なるほど、いいね」

 ショートボブが微かに揺れるのを眺めながら、終始、自己満足的な妄想が肯定された事で胸中は恍惚感に溢れかえる。


 気づけば隣はカラッポだった。きっと上を見上げていたのは飛んでゆこうとする前兆だったのだろう。先輩が何の用事か、この場を去ったので僕の方も暇から退屈へと感情が移行してゆく。暇とは、有閑ゆうかん階級や『いとまをやる』といった語からも分かるように、仕事も義務も何人にも支配されないを意味するのに対し、退屈とは暇を暇として享受できず、その状態を事を意味するのである。

 僕らは暇な時間を楽しみ、独り退屈な数分を忌み嫌う。それがアリストテレス大先生が言った『人間とはポリス的動物である』の何よりも証拠なのだと、哲学青年らしく理屈を並べて気を紛らわせる。

 スコレーがなければ、人は哲学できないとしたのは確か哲学の祖であるソクラテスであり、事実、僕らが病むのは忙しくない時間であり、その真っ最中にはアドレナリンの作用なのか、死とは何か、のような青二才な自問自答に悩むことはない。



「一本吸う?」

 いつの間にか、気づけば僕の隣には男が一人座っていた。僕と違って濁ってはいない、だけども空虚な目をした男が。

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