第三章
第21話 病は気からと皆が言う
「久しぶりだね」
ビジネススーツに身を包んだ桜木先輩は、もう立派な社会人であり、遠くかけ離れた大人の女性だった。
学生の頃と違って、化粧品も高いものを使っているのだろう、自然体だが、端正な顔立ちが際立っている。
左手の薬指は未だ何もまとってはいないが、引く手あまたと想像するのは下世話な憶測ではなく、事実に近いはずだ。
「君は変わりなく?」
「ええ、変わらずフリーターですよ」
「社員にはならないの?」
「そうした方が世間体も給料もいいのは分かりきっているんですけど、時間の方が」
「…………まだ行ってるんだ」
「僕にはそれしか出来ませんから」
「たまには羽を伸ばすのも必要だと思うけどね。特に君の顔を見れば、今何よりも必要なのは気分転換だと思うよ」
「ありがとうございます。でも、僕だけ楽しんで、自分を誤魔化すような
「でも………」
「すみません、もうそろそろシフト入ってるんで。先輩も体調にはお気をつけて」
「う、うん」
一緒に遺書を書いたりしたあの先輩はもういない。
今やキャリアウーマンとして若いながらも会社で役職を持っている彼女にとって、僕は『若かったあの頃』を思い出す一つの指標でしかなく、ましてや僕個人の現状は若干ながらも愚かだと感じているだろう。
でも僕にはこうするしかなかったんだ。いや、選択しなかった報いを受けているんだ。
店長に勝るとも劣らないほどにシフトを入れているのは勿論、かのの為だ。だが、せめてもの罪滅ぼしという意味では自分の為、偽善なのかもしれないけれど。
とにかく安アパートで、生活費をとことん減らして、僕はかのの為に収入を得ている。
それなら、先輩の指摘したように社員になれば更に稼げるではないか、と再び考えに至るが、そうすると、昼間、かのに合う時間が取れなくなってしまう。
早朝から11頃まで働き、14時まで昼ご飯も含めてかのの傍でいる。そしてその後、深夜まで再び勤務、というのが現在のライフスタイルであり、残念ながらまだしばらくはこのままらしい。
先輩が偶然、僕の働いているコンビニに訪れたため、店長にお願いして、数分の休憩を貰ったばかりなのだが、気づけばもうすぐお昼時だ。
「……山口君、きっと今日も来てくれるだろうと思ってたよ」
かのの部屋の前には何故かかのの両親が立っていた。
「こ、こんにちは」
「少しだけ話いいかな」
今日はやけに皆話したがる。
「とても言いにくい事なんだが、この際単刀直入に言おう、山口君、もう娘に会いに来なくてもいい。どうか自分の人生を生きてほしい」
「え」
「私たちも心苦しい。でも、君が毎日こうして何年もの間、娘の見舞いに来るために、君の将来を損なうのは忍び難い。私たちもこうして毎日訪れていると、その内目が覚めてくれるだろうと思っていたよ。
でも現実はもっと残酷だ、娘はこれから先もこうして眠ったままだろう。
今日まで入院出来ていたのも君が援助してくれていたからだ。本当に、本当にありがとうございました」
僕は言葉を失った。
これではミイラ取りがミイラになるように、かのと変わらぬ寝たきり状態ではないか。
だが、突然な話とかのの両親の涙とが、僕の言動を封じ込めた。
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