ライアンの贈り物
「そうだ、プレゼントがあるんだよ」
烏鵲堂のクリスマスパーティに思いがけず招待されたライアンは、酒もまわってほろ酔い気分で大きな紙袋から赤いリボンの包みを取り出した。一際大きな包みを榊に手渡す。
「・・・これは」
榊は思わず警戒する。以前のハロウィンパーティのボンデージファッションを思い出し、顔が引き攣っている。ライアンは榊がリボンをほどくのを心待ちにしている。
「開けていいのか」
正直、開けたくない。榊はライアンの顔をチラリと見る。ライアンはまるで子供のような純粋な笑みを向けている。榊はおそるおそるリボンの封印を解く。
「お・・・これは・・・」
大きな包みの中からはグレーのセーターが出てきた。白とワンポイントの赤のラインで胸元に雪の結晶がデザインしてある。
「セーターか、いい色だな」
とんでもないコスプレ衣装でも出てくるのかと思いきや、上品なデザインのニットに榊は拍子抜けした。色も悪くない。
「英臣に似合う色を選んだよ。これからも寒くなる、ぜひ着て欲しい」
「そうか、ありがとう」
至って普通なプレゼントに安心したのか、榊はテンション高めに礼を言う。
「これを編むのに3週間かかったよ」
笑顔のライアンを榊はまじまじと見つめる。
「なんだと・・・これはお前の手編みなのか・・・」
榊は息を呑む。上質な毛糸に隙のない編み目、まさかこれが手編みとは思わなかった。気持ちが重い、重すぎる。
「英臣へのプレゼントをずっと考えていたんだよ。君は欲しいものはきっと自分で手に入れるだろうし、ストイックだ。だから真剣に悩んだんだ」
饒舌なライアンに、榊はセーターを手に固まっている。
「そこで、手編みのセーターにしたというわけだ。編み物なんて私はやったことはない、だから・・・」
ライアンの話は続く。グローバルフォース社の経理部にいるベテラン女性社員に習いに行って随分悪戦苦闘したと大仰な身振りで語っている。
「似合うぞ、榊」
曹瑛がせせら笑いながら榊の肩を叩く。
「貴様、人ごとだと思って」
榊が縁なし眼鏡の奥から射るような目で曹瑛を睨む。
「そうだ、ここを見てくれ」
ライアンが榊の手にしたセーターの装飾部分を指さす。榊と曹瑛はセーターを注視する。
「ここにおまじないをしたんだ」
見れば、赤い毛糸でHIDEOMI (ハートマーク) RYAN と小さな文字が織り込まれている。榊は目眩を覚えた。
「これを着ろと・・・」
「そうだ、サイズは君にぴったりのはずだ」
個人情報はすべてお見通しといったライアンの発言に榊は目頭を押さえた。
「ライアン、あまり榊さんを困らせないでよ」
高谷が横から口を出す。榊は律儀な男だ。心を込めた手編みのセーターを無碍にするはずはないことを知っている。
「結紀、今日はありがとう。君にもあるんだよ」
ライアンは嬉々としてそう言いながらボンボンのついたニットの帽子を高谷に手渡す。白地にブルーの文様が入っている。
「英臣にセーターを編んですっかりハマってしまってね」
「これは伊織に」
「え、俺にもあるんですか。ありがとう」
伊織には手袋だ。手首の部分にはボアを組み合わせた温かい作りになっている。
「喜んでくれて嬉しいよ、これは曹瑛に」
曹瑛にもセーターが手渡される。よく見れば、“ビューティビースト”と隠し文字が入っていた。セーターを手に今度は曹瑛が目を見開いたまま固まる。
「似合うぞ、曹瑛」
榊がニヤニヤ笑いながら曹瑛の肩を叩いた。
「お前にもみんなから」
気を取り直した榊が包みを取り出した。高谷がライアンに手渡す。
「私にプレゼントを?」
ライアンは心底驚いてまさか、といいながら涙ぐんでいる。包みを開ければサントリーのウイスキー“響”21年ものが出てきた。
「これは素晴らしい。なんと美しい深みのある琥珀色だ・・・ありがとう」
ライアンは手にしたボトルをいつまでもうっとりと眺めていた。
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