贋作ギャラリーを暴けー曹瑛の受難
贋作画廊のオーナーが所有するアトリエを探るため、翌朝箱根の廃ペンションに向けて出発することが決まった。プライベートで英臣や曹瑛との時間を過ごすことができる。思わぬ1泊旅行にライアンの心は躍っていた。
烏鵲堂での話し合いが終わったその足で銀座へ向かい、ルイ・ヴィトンで手頃な旅行カバンを買った。
滞在先のパークハイアットホテルに戻り、スーツケースから旅行カバンに着替えを詰め替える。日本の温泉は確か水着は必要なかったはずだ。
「大胆かつおおらかな文化だ」
ライアンは露天の湯けむりを想像して頬を赤く染める。
シャワーを浴びてバスローブを羽織り、クッションの良いベッドに身体を投げ出す。メールをチェックすれば、100件以上が未読になっていた。報告事項が9割だが、決済を仰ぐものもある。内容を確認し、手早く返信を済ませた。
ハンターファミリーで利用しているアカウントでは、NYで些細な抗争があったらしい。部下がうまく片付けてくれたようだ。新聞記事には事故と出るだろう。
翌朝、集合場所である烏鵲堂近くの大通りへタクシーで向かった。太陽が輝き始めているが高層ビルの影は肌寒く、吐く息はまだ白い。歩道に寄せて榊のBMWが停車している。
「やあ、おはよう英臣」
「ああ、おはよう。トランクは開いている。荷物を入れてくれ」
愛する英臣との他愛のない挨拶を交わす、それだけで幸せな気分になる。
「ライアン、おはよ」
助手席には高谷が乗っている。ライアンは手を振って笑顔を返した。トランクへヴィトンの旅行カバンを入れ、後部座席のドアに手をかけたとき、重低音のエグゾーストが響き、曹瑛が黒いNinjaに乗ってやってきた。
「おお、最高にクールだ」
ライアンは目を見開き、思わず声を上げる。黒のハーフコートに身を包んだ曹瑛はBMWの後ろにバイクを停めた。曹瑛が歩道に立つ伊織にヘルメットを投げる。
「ライアン、バイクに乗りたい?」
Ninjaに熱い視線を送るライアンに、ヘルメットを握った伊織が声をかける。ライアンは猛烈な勢いで振り向く。
「代わってくれるのか、伊織」
「いいよ、こんな大型バイクに乗れるの、なかなか無い機会だしね」
伊織はライアンにヘルメットを手渡す。運転席の榊に声をかけ、BMWに後部座席に乗り込んだ。榊は何か言いかけたが、黙り込んだ。
地下鉄で迷ったと言いながら、遅れてやってきた郭皓淳も榊のBMWに乗り込む。曹瑛はエンジンをかける。先にBMWが発進し、後部座席のスモークガラスの窓が開いた。伊織が顔を覗かせる。
「瑛さん、運転気をつけてね」
曹瑛は目を見開く。自分の後ろに乗っているのは一体誰だ、そう思った瞬間、背後から腕が伸びて腰を掴んだ。背中に悪寒が走る。
「曹瑛とNinjaに乗りたいと言ったら、伊織が譲ってくれたんだよ」
背後からライアンの弾んだ声が聞こえる。
「な・・・」
曹瑛は絶句した。伊織を今すぐ締め上げたいが、車組で先に行ってしまった。もちろん伊織はライアンへの親切心からで、何の悪意もない。
「引き締まった腰のライン、しなやかな獣のようだ」
後部座席のライアンが背中に密着している。曹瑛は声にならない叫びを上げた。弾かれたように運転席から飛び降り、ヘルメットを脱ぐ。
「どうした、曹瑛」
ライアンが不思議そうな表情で尋ねる。
「ふ、2人乗りは苦手だ。公共機関で向かうぞ。鉄道駅からバスがあるはずだ」
「今、伊織にヘルメットを渡していただろう。それに以前、英臣とはアクロバティックな乗り方をしていたじゃないか。なにより、私は君の運転技術を信じているよ」
曹瑛は頭を抱える。さすがにこの言い訳は無理だった。
「お前が運転しろ、ライアン」
「急に何を言い出すんだ」
「お前に背後を取られたくない」
ライアンに背後から抱きつかれるというシチュエーションが耐えられないらしい。
「そうだな、君に背後から抱きしめられ、その体温を背中に感じて走るのも悪くはなさそうだ」
恍惚とするライアンの言葉で、曹瑛は全身に鳥肌が立つ。どちらにしてもこの男を喜ばせてしまうのか。榊がいたら無理矢理キーを握らせたのに、もう出発してしまった。
「今日は天気もいい。最高のツーリング日和だよ」
ライアンが笑顔で曹瑛にバイクに乗るよう促す。
「おかしな動きをするな、その瞬間振り落とすからな」
曹瑛は念押しをして、Ninjaのエンジンを吹かす。後部座席のライアンの腕が腰に回る。ライアンが普段つけている香水、エゴイストプラチナムが遅れて匂ってきた。追加の心理的ダメージに曹瑛は目眩を覚える。
「細身だと思っていたが、逞しい背中だ。こうしていると筋肉のしなりが伝わってくる。とてもセクシーだよ」
「黙れ、それ以上何も言うな」
曹瑛は観念してアクセルを吹かした。
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