みんなで週末は宝探し春編ー郭さんのワンコインマッサージ

 諏訪湖畔での戦いのあと、温泉で傷を癒やした男たちはボリュームたっぷりの会席料理をきれいにたいらげ、部屋飲みで盛り上がっていた。騒がしい雰囲気が苦手なのか曹瑛はひとり窓際のソファに座り、マルボロを吹かしている。


「伊織、今日は頑張ったな。特別にマッサージしてやるよ。15分ワンコインでどうだ」

 ほろ酔い気分で頬を赤く染めた郭皓淳が伊織の肩を叩く。郭皓淳は中国鄭州でマッサージ店を経営している。本人も鍼灸やマッサージの心得があり、伊織も神保町のマッサージ店「蓮花」で施術を受けたことがある。腕は確かだ。しっかり金を取るところは郭皓淳らしい。

「本当ですか、お願いします」

 温泉につかり、美味しいものを食べてマッサージを受ける。まさに天国だ。伊織はその申し出を喜んで受けた。


「ここに座ってくれ」

 言われるまま伊織は座椅子に座る。郭皓淳が背後に回り、肩をもみほぐし始める。大きな手が的確にツボを捉えていく。

「あ~・・・気持ち良い~・・・」

 伊織は思わず目を閉じる。

「これはひどい、まるで鉄板だな」

「うん、デスクワークが多いからね。パソコン作業で肩がこるんだよ」

 郭皓淳は肩、首、肩甲骨とツボに沿って指を進める。やはり上手い。「蓮花」の中国人スタッフはハズレが無いが、郭皓淳の施術はやはりひと味違う。


「癒やされる・・・はぁ~・・・」

 幸せそうな顔で施術を受ける伊織に注目が集まっている。

「なんや、ほんまに幸せそうやな。そんなに気持ちええもんか」

 劉玲が伊織を眺めながら首を傾げる。


「うん、すごく軽くなった。ありがとう」

 一通りの施術が終わり、伊織は肩を回してみた。肩の筋肉が解れて楽になった実感がある。郭皓淳は戦闘では針を使う恐ろしい男で絶対に敵に回したくは無いが、マッサージならぜひ指名したいところだ。

「郭皓淳、次は俺も頼む」

 孫景が手を上げる。続いて劉玲に、榊、高谷、ライアンも手上げした。

「お、毎度あり」

 郭皓淳は営業スマイルを向ける。


「郭皓淳、面白い男だ」

 榊がフィリップモリスに火を点けた。ミッドナイトブルーのデュポンが涼しげな音を立てる。マッサージを受けた肩は確かに軽くなった。たまには悪くない。

「あれで河南一の組織、河南帝鴻会の幹部らしいぞ。日本で暮らす弟がいて、時々こっちにくるそうだ」

 孫景も榊に火を借りてラークを吸い始める。

 郭皓淳が眼精疲労が溜まっているという高谷に効果的なツボを伝授していた。その表情が意外に柔和で、榊は驚く。きっと弟を大事にしているのだろう。


「曹瑛、お前もどうだ。鍼治療コース、特別に三千円に負けておいてやるぞ」

 郭皓淳が窓際に一人座ったままの曹瑛に声をかける。曹瑛はタバコを咥えたままチラリと郭皓淳を睨み、天井に向けて煙を吹いた。

 曹瑛は郭皓淳と戦い、針に苦しめられた経験がある。郭皓淳の鍼治療にも助けられたものの、トラウマは消えないようだ。


「伊織は本当にいいキャラだな」

 皆から回収した500円玉を財布にしまいながら、郭皓淳は伊織の背中をバシバシ叩く。

「え、何で」

 伊織は不思議そうな表情を浮かべる。

「お前の周りには人が集まる」

「そうなのかな、俺は地味キャラだよ」

 伊織は頭をかく。

「そんなことはない。あのシャツを着こなすとは大したもんだ。次のコーディネートも考えてあるんだぞ」

「あーっ、それはもう勘弁してください」

 郭皓淳のド派手な柄シャツのおかげで散々皆にいじられたことを思い出し、伊織は頭を抱えた。

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