4年目の復讐劇ー作戦秘話
-烏鵲堂地下 対スナイパー・新海武彦の作戦会議にて
「榊さんは、麗子さんを危険に晒したくないんだろ」
考え込む榊に、高谷はたたみ掛ける。曹瑛と伊織はそのやりとりを黙って見守っている。
「俺なら大丈夫。それに、新海は7日間は調査期間として手出ししないって」
しかし、と榊は言葉を濁す。高谷は真っ直ぐに榊を見つめた。その瞳には有無を言わせぬ強い意志が宿っている。
「お前に女装させるのか」
榊は目頭を押さえて渋い顔をしている。
「けっこう行けるんだよ、ひったくり捕獲作戦のときにはナンパされたんだ。ねえ、伊織さん」
高谷は伊織に同意を求める。
「高谷くんの女装がクオリティ高いのと、スナイパーの囮になるのとはまた話が違うよ」
高谷を危険な目に遭わせることに、伊織も躊躇いを感じている。
「分かった、お前がそこまで言うならやろう」
榊は決意したようだ。高谷は満足げに頷いた。
「ところで、どんな女がいいかな。榊さんに釣り合う女」
高谷はノリノリになってきた。
「そんなことより、新海を騙せる外見を考えたらいい」
「じゃあ、女子高生でもいいわけ?」
高谷が榊に迫る。榊は唇をへの字に曲げて首を振った。
「良識の範囲でお前に任せる」
榊はため息をついた。
-翌日、烏鵲堂地下
さらに作戦を詰めるため、榊に高谷、曹瑛と伊織が顔を合わせた。
「榊さんの提示した条件で良いマンションがあったよ」
高谷がタブレットの画面を示す。中野にある5階建てのマンションだ。
「このマンションはマンスリーで部屋を貸していて、5階中央の部屋が空き物件になっているんだ。それと、この正面、雑居ビルがある」
高谷がタブレットを操作すると、建物の配置を鳥瞰することができた。
「マンションとの距離は、約60メートル」
高谷は榊の顔を見る。榊はニヤリと笑って頷いた。弓を射るのに適度な距離だ。
「新海の移動手段はバイクだ。ビルを使うならこの辺りに駐車する」
曹瑛が雑居ビルの駐輪スペースを指さす。
「逃走経路はこの国道だな」
「ああ、市街地から離れるだろうな」
曹瑛に榊も同意した。
「弓を使うなら、風の向きも計算しないとね」
伊織が画面を覗き込む。
「そうだな、一度マンション屋上を下見しておくか」
「新海がいつもドラッグを買う売人は分かったか」
「ああ、押さえてある。伊織が歌舞伎町の売人に化ける手筈だ。ダミーのドラッグも準備する」
曹瑛のスマホに孫景からメッセージが入り、スナイパーライフルを手配できたという。作戦会議は着々と進む。
「ねえ、ところで、どうして誰も何も言わないの」
高谷が皆の顔を見渡す。
「ああ、良い感じだぞ」
榊が真顔で言う。
「綺麗だよ、高谷くん」
「それなら新海も男と見抜けないだろう」
曹瑛は腕組をしながら頷く。
高谷は一晩悩んで考えた榊の架空の彼女の姿を披露していた。しかし、誰からもツッコミがなく、自分から切り出したのだ。ナチュラルメイクにやや派手な赤いリップ、眉のところで切りそろえた前髪、後ろは背中まで伸ばした長い黒髪、シックな紺色のワンピースにライトグレーのコートを羽織っている。パンプスはいざというときに走れるよう、少し低めのものにした。
「コンセプトは極道の若頭と組長の娘。清楚系という意外性がインパクトあるでしょ」
高谷は揚々と語る。
「・・・俺はもうカタギだが、悪くないアイデアだ」
榊は高谷に圧倒されていたが、高谷の本気を知って真剣な眼差しを向ける。高谷は榊に見つめられて息を呑む。
「結紀、今週が勝負だ」
「うん、任せて」
高谷はピースサインを作ってみせた。
翌日から、榊と高谷扮する偽装彼女のデートが始まった。新海が見張っていると思うと、高谷は緊張したが、榊のエスコートのおかげでだんだん自然に振る舞えるようになってきた。
滅多に行くことのない高級なイタリアンレストランで食事をし、高層ビルから東京ベイエリアの夜景を眺めた。
「榊さん、ここまで本格的にする必要あるの」
高谷は榊に耳打ちをする。
「最初が肝心だ、ここでヤツを騙せなければ面倒なことになる」
榊が高谷の肩を抱いた。高谷は思わず顔を赤らめて俯く。その自然な仕草に、周囲の人間もまさか二人が兄弟とは思わないだろう。
「ヤツに見せつけるためと思えば癪だが、せめて楽しもう」
そうだね、と高谷は微笑んだ。
BMWをホテルの駐車場へ停めた。ここはいわゆるラブホテルだ。部屋を選ぶ画面の前に立つ。平日というのに意外と部屋は埋っていた。
「すごいな、この部屋はプールがある」
「もう、榊さん早く決めよう」
面白そうに部屋を見繕う榊に、高谷の方が焦ってしまう。悪趣味な部屋を避けて適当に決めたのは、アールデコ風のゴテゴテした装飾の部屋だ。壁はエレガントな蔦の壁紙、天蓋つきのベッド、天井には鏡が設えてある。どぎつい少女趣味に思わず2人で笑ってしまった。
「ああ、疲れた」
高谷はベッドに大の字に転がる。清楚系な組長の娘の格好をして、おしとやかに過ごしたせいで変な筋肉を使ったことと、どこかで出歯亀をしている新海を意識したせいで気疲れが半端ない。
「ご苦労だったな、結紀」
榊もベッドに腰掛けてタイを緩める。榊も気を張っていたはずだ。新海が心変わりをして撃ってこない保証はないのだ。
「3時間ほど休んで出るか」
「そうだね、俺たち本物の恋人同士に見えたかな」
「ああ、おそらく」
カバンに入れたタブレットからコール音が響く。榊が画面を確認すれば、ライアンだ。そう言えば、銀座の画廊の展示についての話が途中になっていた。榊はタブレットをサイドボードに起く。
「やあ、英臣。君はもう寝る前かもしれないが、展示品の手配の関係もあるから話をつめたくてね・・・ん??」
ライアンの顔がどアップになる。榊は思わず身を引いた。
「君は今どこにいるんだ?それは君の部屋じゃないな」
ライアンが動揺している。画面にはダークグレーのシャツのボタンを胸元まで外した榊、その背後に天井から下がるレースのカーテン、ピンク色のふとん、そして艶やかな黒髪の女の後ろ姿が見えた。
「ああ、ライアン、これは・・・」
面倒くさそうに事情を説明しようとする榊に、ライアンは頭を抱えてのけぞってしまい、聞く耳を持たない。愛する男が黒髪の女性とラブホテルに一緒にいるという衝撃に耐えきれず、混乱をきたしているのだ。
「ライアン、聞け」
榊の言葉にライアンは嗚咽を漏らしている。ライアンはオフィスでビデオチャットをしているようだが、その昏迷ぶりに周囲に彼の部下がいないか心配になる。
「君がヘテロセクシャルということは心得ていたつもりだ。それでも、いつか心変わりがあってチャンスがあるかもしれない、そんな微かな望みを持っていた」
涙ながらにライアンが語り始める。
「彼女を愛しているのか」
「おう、まあそうだ」
榊は生返事をする。このままライアンが高谷を彼女と勘違いして、手を引いてくれたらセクハラに遭うこともない。
「おおお、英臣」
ライアンは派手にもんどりうった。アメリカンらしいあまりのオーバーアクションに、椅子から転げ落ちないか心配になる。
タブレットの向こうのライアンに気が付いた高谷が、榊の肩に顔を乗せた。
「ライアン、やっほう」
高谷が笑顔で画面に手を振る。
「なんだ、お前は慣れ慣れしい・・・ん?」
榊の女と思い、一瞬怒りを覚えたライアンはその顔を見て脱力した。
「結紀、君か」
椅子に深く腰掛け、大きくため息をつく。
「どういうことなんだ、これは。まさか結紀、君は英臣を手に入れたというのか」
ライアンはその可能性に気づき、また画面一杯に顔を寄せる。
「これは敵を欺く作戦なんだよ」
高谷が黒髪のかつらを取り、おおまかな事情を説明する。
「なんだって、すぐに私の部下を送り込もう。海兵隊上がりの猛者を15人は集められるぞ」
興奮するライアンを榊と高谷は慌てて宥める。ライアンはニューヨークを拠点とするアメリカンマフィアだ。そのくらいの手配は朝飯前だろう。
「ライアン、これは俺たちでやり抜く。伊織さんも曹瑛さんも協力してくれるから大丈夫だよ」
高谷の言葉に、ライアンは押し黙った。
「英臣」
「なんだ」
「結紀を守ってやってくれ。ライバルがいないと張り合いがない」
ライアンの真面目な表情に、榊は静かに頷いた。
「どうか、君も気をつけてくれ、愛している英臣」
それだけ言って、ライアンは通信を切った。
「正々堂々と戦わないとね」
高谷は榊に微笑んでみせた。そのまま騙しておこうと思ったが、ライアンの取り乱しように、心を痛めた。コミカルなオーバーアクションだが、本気でショックを受けていただろう。それに、ここでバラしておかなければまた強行来日されても困る。
「そういえば、ビジネスの話を何もしていないな」
榊は肩を竦めた。ライアンは相当動揺していたらしい。
「ねえ、榊さん明日のデートはどこのレストランに行く?一週間、美味しいものをおごってくれるんだよね」
「ああ、どこでもいいぞ。考えておいてくれ」
高谷はタブレットで嬉しそうに都内のレストランを検索し始めた。
-“結紀を守ってやってくれ” 榊はライアンの言葉を胸に刻んだ。
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