424回
伊織がJR蒲田駅最寄りのアパートに引越して一ヶ月。曹瑛が蒲田名物の羽根つき餃子を食べたいというので榊と高谷を誘い、アパートで餃子パーティをすることになった。
蒲田は羽根つき餃子の街として有名だ。羽根つき餃子発祥の店と言われる「你好本店」のテイクアウトを持ち込んだ。すべて手作業で作られる餃子の羽根はパリパリ、薄皮はもっちりとした食感で人気の理由がよくわかる。
「餃子はビール、最高だ」
榊と高谷はビールが進んでいる。伊織が餃子に合うからとさっぱりした味わいの哈爾浜ビールを仕入れてきた。中国産のビールは薄く感じるが、味の濃い中華料理にはぴったりだ。
黒烏龍茶をお供に食べている曹瑛も箸が進んでいる。
「そうだ、ご飯を炊いたばかりだった」
伊織が白飯を茶碗によそってきた。餃子に白米、炭水化物の組み合わせは何故か相性が良い。
「それは何だ」
曹瑛は伊織が手にした白いパックに目を留めた。
「納豆だよ」
伊織がパックを開けた途端、独特の匂いに曹瑛は顔をしかめる。中国の臭豆腐とはまた違ったベクトルの臭みはどうにも慣れないらしい。
「お、いいな。俺にもくれ」
ビールを飲んでいた榊も、伊織が納豆を混ぜるのを見て食べたくなったようだ。人の混ぜる納豆は美味しく見えるものだ。
「買うことは無いが、あると食べようかという気になる」
榊も箸で納豆を混ぜ始めた。高谷は納豆が苦手らしく、曹瑛と共に引き気味に見物している。
「納豆は混ぜれば混ぜるほどに旨味が増す。一説によると、北大路魯山人は424回混ぜることを推奨している」
北大路魯山人は明治生まれの芸術家で、陶芸家、書家などに加えて美食家の肩書きを持つ。榊はうんちくを語りながら軽快なリズムで納豆を混ぜる。
ぐちゃぐちゃ・・・
曹瑛はねっとり糸を引く納豆を怪訝な顔で見つめている。伊織も面白そうだとスピードを上げてかき混ぜ始めた。納豆は糸を引き、粘り気を増していく。途中で醤油を垂らし、またかき混ぜる。納豆はだんだん泡立って、糸を引かなくなってきた。
しめて424回、三分ほどで仕上がった。
「美味いよ、こんな納豆初めてだ」
伊織は感動して目を見張る。混ぜて混ぜて混ぜまくった納豆は、口に含むと甘みがありまろやかな味わいに変化していた。
「そうだろう」
榊も満足そうに白飯に納豆をかけて食べ始める。
その様子を見守っていた曹瑛が箸を伸ばし、恐る恐る納豆を掬い取り、味見をする。無表情のまま咀嚼して飲み込んだ。
「伊織、俺にもくれ」
納豆が苦手な曹瑛もかき混ぜて旨味が増したことで食べる気になったらしい。伊織は冷蔵庫から最後のパックを取り出し、白飯とともに曹瑛に差し出した。
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