孫景と千弥
―クリスマスの夜、予定あるか?
端的な質問メールに千弥は思わず胸が高鳴った。中国人の孫景からそんな誘いを受けるなんて思ってもみなかった。ブローカーをしていると言っていた孫景はときどき日本にもやってくるらしい。
連絡があれば食事をして、近況を話すだけ。普段、口数が少なく冷たい印象があると陰で言われる千弥がそのときはよく話をした。孫景のことをもっと知りたいのに、つい話しやすくて一方的に喋ってしまう。屈託のない笑顔で何でも前向きに受け止めてくれる孫景と一緒にいられるのは心が安らぐ。
―予定、無いよ
―良かったら、烏鵲堂で気軽なパーティをするらしいんだけどどうだ?
2人きりのディナーの誘いではなかった。そっか、と小さなため息をついて千弥はごろんとベッドに転がる。でも、クリスマスに誘ってくれるだけで嬉しい、そう思ってスマホの画面を見つめる顔が思わずほころんんだ。
当日はお店に集合、と言われたが気恥ずかしかったので駅から一緒に行きたいとわがままを言ってみた。きっとお酒を飲むだろうから孫景も公共機関でやってくるはずだ。孫景は快諾してくれた。
当日、神保町の改札を出たところで孫景と待ち合わせをしていた。白のケーブルニットにグレーのコート、黒いパンツ。今日も仕事だったので落ち着いた格好になってしまった。
周囲を見渡せば、仕事帰りのサラリーマンの合間に若いカップルが手を繋いで歩いているのが目を引いた。
「千弥、ここだ」
孫景は柱を背にして立っていた。いつものフライトジャケットにジーンズ、ブーツといういで立ちだ。短く刈り込んだ髪にいかつい頬骨、上背もあるので周囲から浮いている。
「ごめんなさい、待たせたかな」
「時間通りだよ」
「そうだ、これ忘れないうちに」
酒に酔うと忘れそうだから、と孫景は胸元から小さな紙袋を取り出した。
「これ・・・」
「クリスマスって、プレゼント交換するんだろ」
孫景は頭をかきながら天井を見つめている。照れたときの彼の仕草だった。
「開けてもいい?」
「おう」
中身の小箱にはBOSSのロゴが見えた。
「この間、俺のつけてた香水、良い香りって褒めてくれただろ?女性にも合う香りだなって思って」
「やだ、嘘でしょ」
「何だ、気にいらなかったのか?」
孫景が心配そうに千弥の顔を覗き込む。千弥は気恥ずかしくなって顔を逸らした。
「こんなに気が利く人だと思ってなくて」
「それどういう意味だ?」
千弥の笑顔に孫景もホッと安堵する。
「これ、私から」
千弥からのプレゼントはポールスミスのシンプルな革製のキーケースだった。
「車好きでしょ」
「参ったな、俺は軽四かボロトラックが似合いなんだけどな。こんなのもらったらいい車乗らないとな」
「そのときはドライブに連れていってくれる?」
「じゃあ、行こっか。みんな待ってるよね」
千弥が手を伸ばす。
「あ、ああ」
孫景は顔を赤くしながらその手を取る。
「お店まで恋人のふり、いいでしょ」
「こんな美人とか、照れるな」
男だと知っているのに、孫景は千弥のアイデンティティを尊重してくれる。本当に恋人ならいいのに。千弥は目を細める。
地上への階段を上ると、街はクリスマスのイルミネーションに彩られてきらきらと輝いている。見上げれば白い雪がちらつき始めた。孫景の大きな手の温もりに、千弥は嬉しそうに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます