超・危険なハロウィンナイト・後日談 熱海に眠る秘宝 前編
―熱海の旅館にて
離れの部屋に運ばれてきた朝食は、熱海の海鮮をふんだんに使った会席料理だった。名物の干物に新鮮な刺身、天ぷら、卵がのったしらすご飯、温かい湯豆腐に思わずほっこりする。
「都内へ帰るには熱海駅からJRだな」
榊がスマホで帰途を調べている。獅子堂はハーレー、千弥はワーゲンで熱海へ来ているが全員を乗せることはできない。
「帰る前に展望台に行ってみよう、山頂から温泉街が見渡せるそうだ」
ライアンの提案に皆も賛成した。ロープウエーで登れる八幡山の山頂に展望台があるという。ハロウィンパーティーの衣装で外を出歩くわけにいかず、商店街のショップで適当なカジュアルウェアを調達した。
展望台へのロープウェー乗り場は、大きなリゾートホテルの建つ熱海港にあった。周辺には磯焼きの店が軒を連ねている。かなり老朽化した乗り場は、ここが古くからある観光地であることをしみじみ感じさせた。
「おお、これ見てみ。山頂には秘密の宝がある」
劉玲が興奮して曹瑛の腕を引く。曹瑛は迷惑そうにそれを振り払う。劉玲が指さす先には“熱海秘宝館”と書かれた看板が掲げられている。
「兄貴、よく考えてみろ。誰にでも見えるように看板があるということは、骨董品店か何かだろう」
曹瑛は至って真面目に答えている。榊と高谷は顔を見合わせてプッと吹き出した。
「これはな、昭和の温泉地によくある性風俗を扱うテーマパークだ」
いたたまれなくなった榊が劉玲と曹瑛に解説を始める。
「そういえば、昔は温泉地なんかでよく見かけた」
「そうね、最近は見なくなったわ」
伊織と千弥も秘宝館の意味に気がついたようだ。伊織は子供の頃に家族で温泉地に訪れ、宝という文字に惹かれて秘宝館に入りたいとせがんだときの両親の微妙な反応を思い出した。
「一言でいえば、スケベな博物館だよ」
高谷の説明は分かりやすい。
「昭和の遺物だ、見学する価値も無いだろう」
榊の言葉に曹瑛は秘宝館に興味を失ったようで、磯焼きの店を物色している。海鮮丼はしらすやいくら、まぐろなどメニューが豊富だ。
「ロープウエーのチケットを買ったよ」
言い出しっぺのライアンが10人分のチケットを買って全員に手渡す。
「1,900円、このロープウエーは乗車時間がかなり短いはずだが、こんなに高いはず・・・うっ、これは」
榊はチケットを見て目を細める。そこには秘宝館セット券と記載があった。ロープウエーだけなら、往復700円で済む。ライアンは知らずにセット券を購入したのだろう。
「ライアン、これはテーマパークのセット券だぞ」
榊の指摘に、ライアンは艶やかな笑顔を向ける。榊はライアンが秘宝館に誘おうとしていることに気が付き、青ざめる。
「さあ、行こう英臣。楽しみだね」
「ライアンお前、何を企んでいる」
ライアンは榊の背中を押す。
「性のテーマパークを愛する人と見学できるなんて、素敵じゃないか」
榊の額から冷や汗が流れる。
「ライアン、榊さんにセクハラするなよ」
高谷が唇を尖らせてライアンに釘を刺す。
ロープウエー乗り場で待っていると、すぐに出発時間が来た。年季の入ったゴンドラに乗り込む。ドアが閉められるとガタン、と揺れてゴンドラが動き出した。山頂駅はすぐ目の前に見えている。3分半ほどの短い路線だ。登るにつれ、麓の温泉街が遠ざかり、晴れ渡る相模湾が見えてきた。
「こっちに海が見えるよ」
伊織が曹瑛の袖を引くと、曹瑛は緊張の面持ちで唇を引き結んで固まっている。そうだ、曹瑛は高所が苦手だった。そんなに高くないのに、と思ったが口にするのはやめておいた。
山頂に到着すると、目の前に秘宝館への案内が出ている。
「さあ、行こう英臣。いざ秘宝の館へ」
ライアンはよほど嬉しいのか、テンションが上がっている。ライアンに腕を引かれる榊は無碍に断ることもできず、もはや観念したようだ。意外とカップルや同性の友人同士など、若い観光客が多いのが驚きだ。こういう昭和レトロなアングラなものに、物珍しさがあるのだろう。
「おっ、美人のねえちゃん」
郭皓淳が入り口にいた人魚のマネキンを指さす。秘宝館の看板娘のようだ。チケットを見せて、館内へ足を踏み入れる。さながら遊園地のお化け屋敷のような雰囲気だ。
「お、おみくじやて」
劉玲が賽銭箱に100円を投入する。鳥居の奥にある社の扉が開き、ロボットの巫女さんが出てきた。
「“こんなんでましたぁ”」
手にした檜膳を傾けると、おみくじが転がり出てきた。巫女さんが反転して社に戻っていく。なんと着物がカットされ、生のお尻が丸出しだ。
「あっはっは、これはええな」
劉玲はあっけらかんと笑う。おもろいな、と同意を求めるが曹瑛は腕組をして複雑な表情を浮かべている。
先に進むと、ピンクのライトの館内にところ狭しとポルノグッズや生殖器を象ったオブジェが並ぶ。好事家が収集したコレクションだろうか、テイストは統一感が無い。
壁一面に春画が並ぶ。春画は江戸時代の庶民の間で流行した、性行為を赤裸々に描いたものだ。
「春画は世界でも認められる素晴らしいジャパニーズアートだよ。エロティックで、ときにユーモアもある。露骨で美しい絵画だ」
ライアンは真剣に春画に見入っている。
「ゲイ・アートがあるというのも先進的だと思わないか」
春画には陰間と言われる美少年との交わりをテーマにしたものもある。
「確かに、これほどオープンなものは他にないかもね」
自らもスケッチを趣味としており、美術に興味がある高谷も頷く。
「もう、下手ね」
「意外と難しいんだよ」
カップルが射的コーナーの前でじゃれあっている。縁日にあるような射的遊びで、100円を入れてガチャガチャを回すと、コルクの弾が5個入ったカプセルが出てくる。それをライフル型の銃の銃口に詰めて撃つ仕組みだ。白いスカートの女性の人形が2体立っており、音程のずれたサーカス曲が流れている。
「やってみるか」
手持ち無沙汰の榊がガチャガチャを回す。女性の人形が立つステージにあるハートマークが的のようだ。コルク栓を詰めて銃を構える。曹瑛も隣に並んだ。
「しょうもないお遊びだ」
曹瑛はコルク栓を銃口に詰める。
「ああ、そう思う」
榊は頷く。
「どちらが先に的を外すかな」
曹瑛が榊を横目で見やり、口角を吊り上げて挑発する。
「なんだと、こんな子供の遊びで勝負する気か」
榊は眉根を寄せる。
「自信が無いならやめておけ。こんなお遊びでもお前は俺に勝てない」
曹瑛がフンと鼻を鳴らした。榊は縁なし眼鏡をくいと持ち上げ、前髪をかき上げる。狙いをつけ、2人は同時に引き金を引いた。
それぞれの狙ったハートマークにコルク栓が命中する。
「“いや~ん”」
甘い女性の声がして、正面に並ぶ人形がスカートが捲れ上がり、お尻が丸見えになる。
「し、しょうもない」
伊織は呆れて半笑いになる。しかし、曹瑛と榊は真剣そのもので、次のコルク栓を詰めている。腰を落とし、狙いをつける。次の一発も見事的に的中した。次も、その次も2人とも狙いを外さず、人形はそれぞれ4度尻を見せている。
「やるな曹瑛、これで最後だ」
「俺はあらゆる銃火器の訓練を受けている。狙った的ははずさない」
曹瑛は余裕の表情を浮かべる。
「孫さんはやらへんのか」
「いや、俺はいい」
孫景は肩を竦める。アホらしい、とは言えなかった。曹瑛と榊は最後の一発に集中している。ライアンと高谷は思わず手に汗を握る。こんなしょうもない勝負でも、愛しい榊に勝って欲しいのだ。
「ねえ、あんなに真剣に射的をやってるわ。さっきから全部当ててるわよ」
「よほど女の尻を見たいんだな」
先ほど全く的に当てることが出来なかったカップルが、2人を見てクスクス笑っている。全く的に当てられなかったやっかみだ。
「うっ」
集中力を削がれたのか、曹瑛の撃ったコルク栓は明後日の方へ飛んでいった。榊も内心動揺したらしく、的を外した。2人ともよほど気まずいらしく、無言で銃を置いた。
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