超・危険なハロウィンナイト・後日談 熱海に眠る秘宝 後編

 曹瑛が「四十八手」と書かれたパネルに興味を示した。その先のガラスケースに並ぶあられもないフィギュアを見て、動きを止める。

「素晴らしい愛の技の数々だ。古代はインドのカーマスートラが起源とも言われる。中国でも房中術として発展しているだろう」

 ライアンが四十八手を示すフィギュアを見つめながら恍惚としている。

「相撲の決まり手八十二手のような格闘技と勘違いしたのか」

 気まずい様子の曹瑛を榊がからかう。どうやら図星のようだった。


 ガラスケースを眺める榊をライアンが熱い眼差しで見つめている。榊はそれに気が付いて、背中に一気に鳥肌が立つのを感じた。

「いずれも遊び心たっぷりの風流な名前じゃないか。アクロバティックな体勢、試してみたくなる」

 ライアンはにこりと微笑みかける。榊は青ざめて思い切り首を横に振る。

「一人でご自由にどうぞ、行こう榊さん」

 ライアンのセクハラに口から魂が抜けかけて動けない榊を高谷が引っ張っていく。


 “のぞくべからず”と書かれた竹壁ののぞき穴を伊織が覗き込む。中は露天風呂というシチュエーションで裸の女性の人形が湯浴みをしている。

「あはは、水戸黄門の由美かおるみたい」

 実家でじいちゃんがよく見ていたテレビ時代劇“水戸黄門”では、女忍者の入浴シーンが定番で、一緒に見ていた当時小学生だった伊織はずいぶん気恥ずかしかったことを思い出す。

「うひゃっ」

 不意に、のぞき窓に向かって水が飛んできた。出歯亀にお湯をかけるというビックリ仕掛けだ。驚いて後ろに飛び退いた伊織を劉玲が支える。

「おっ、そないビックリするモンが見えるんか」

 劉玲が楽しそうに穴を覗き込む。伊織と同じ目に遭い、叫び声を上げて驚いていた。


「こんなところにモンローがいる」

 ライアンが興味をひかれたのは、ガラスケースに立つ白いドレスを着たマリリン・モンローのリアルな等身大フィギュアだ。獅子堂がハンドルを見つけて、回し始める。するとモンローの足元から風が吹き出して、スカートが捲れあがった。

「地下鉄の通気口に立ち、スカートが捲れる。7年目の浮気の有名なシーンだ。こんなところで見られるとは」

 アイルランド系アメリカ人であるライアンは、熱海でモンローに出会ったことに驚いている。

「俺は“ナイアガラ”の方が好きだ」

 ハンドルを回しながら獅子堂が呟く。獅子堂はマリリン・モンローのファンらしい。


 星空を散りばめた空間に、女性のボインやお尻が浮き出た通路を通り抜けていく。

「こりゃいい」

 孫景は笑い飛ばしているが、はたと気付いて横にいる千弥の様子を伺う。

「孫さん、やっぱり胸が大きい方がいいの」

「えっ」

 思いも寄らぬ質問に、孫景はどう答えていいやらあたふたする。

「孫さんが大きな方が好きなら、私バストアップ頑張るから」

 奮起する千弥を見て、孫景は困った顔で頭をかいた。


 出口にはお土産コーナーがあり、男性器を模したカステラやカラフルな飴を販売していた。ライアンは珍しがって、興味津々でお土産を物色している。外に出ると、展望台からは青い空と大海原、熱海の温泉街が一望できた。


「実にアメイジングなトレジャーの数々だった。エキサイティングだ。しかし、マジョリティな営みの展示しか無いのが勿体ない。私はぜひマイノリティにもスポットを当てた新しい秘宝館を作りたい」

 ライアンは秘宝館がいたく気に入ったようだ。自らがゲイで、差別に苦しんだ経験もあることから、セクシャルマイノリティの理解を広げるパビリオンにしたいと熱弁している。

「素敵な発想ね」

 トランスジェンダーの千弥は控えめに賛同している。

「榊さんに似せた像とか設置しないでよ」

 高谷はやや疑いの目を向けていた。それを聞いた榊は、思わず飲みかけのブラックコーヒーを吹いた。


 ロープウエーを降りて、近くにあった磯焼きの屋台で帆立やイカを焼きながら海鮮丼でランチにする。地元の港で水揚げされた魚介類は新鮮で、ボリュームもあり食べ応えがあった。曹瑛は熱海名物のプリンを見つけて、迷わずケースで買い込んだ。

 熱海駅前の商店街で蒸したての温泉まんじゅうを食べながら干物やアンチョビなど、海産物を物色する。ライアンはしこたま買い込んで宅配便で送る手配をしていた。


 獅子堂はハーレーで、千弥は孫景を乗せてワーゲンで帰ることになっている。他の面子は熱海駅から小田原駅までJRで、小田原駅から小田急電鉄のロマンスカーで帰途につく。

「小田原は英臣と結紀の故郷だね、今度ゆっくりと訪れたいものだ。君たちの父上に挨拶をしたいよ」

 見晴らしの良い展望席に座り、車窓を流れる景色を眺めながらライアンは優雅に足を組んでいる。

「行くなら一人で行ってくれ」

 榊はふいと顔を背ける。

「君もどうだ」

 どれだけ冷たくあしらわれてもめげないライアンが、榊に棒のついた飴を手渡す。

「俺はいらないぞ・・・うっ、それは」

 ライアンが舐めているのは、秘宝館で買った子宝飴だ。榊を見つめながら紫色の飴をペロリと舐めるライアンに、榊の背中についと冷や汗が落ちる。


 劉玲は郭皓淳に彼の拠点である河南省の緑茶、信陽毛尖を仕入れる商談をしている。郭皓淳は組織幹部であり、顔が広く良いルートが開けそうだ。烏鵲堂にお茶のラインナップが増える。


 曹瑛は頬杖をついて静かに窓の外を眺めている。彼の人生を変えるきっかけになった魏秀永に再会し、何か思うところがあるのだろうか。伊織が物憂げな曹瑛の横顔を見つめていると、曹瑛が急に振り向いた。

「温泉まんじゅう、箱で買っておけば良かった」

「え、ああ、でもあれは蒸したてが美味しいんだよ。また行けばいい」

 伊織の答えに納得したのか、曹瑛はまた窓の外を見つめ始める。真面目に考えていたのは食べ物のことだったのか、伊織は小さく吹き出した。

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