煙草、ウィスキー。

洗い物を片づけて、換気扇の下で煙草に火をつける。

すーっ。

ふーっ。

ぼんやりと、とりとめのない考えが脳内をめぐる。

思考は断片的で形を成すようでいて、すーっとすり抜けていく。

目の前の焦点が合うようで、その実何も見えてはいない。

「疲れたな。」

聞くものが誰もいなくなった部屋で、ぽつりと口から言葉が飛び出る。

そうか、僕は疲れていたんだな。

ふーっ。

一吐きして、タバコを灰皿に、ぐりぐりと押し付ける。


-どうして煙草を吸い始めたの?-

昔、そんな風に聞かれたことがある。


-師匠が言ってたんだ-

僕の師匠は不思議な人だった。

大酒のみで、大の煙草吸い、がははと笑う人だった。

黴臭い研究室で、ウィスキーを片手に学術書を開くような人だった。


-酒や煙草は生きてく為に有るんだよ。

こんなもの勿論出来たら、飲まない方がいいし吸わない方がいい。

でも、例えば、

自分の存在の軽さに耐えられない夜、

誰にも縋ることが出来ず孤独を一人で耐えなくてはいけない時、

それでも生きていく為に自分自身を汚してしまいそうな気分になった時。

そういう時に酒や煙草に逃げるのは、そんなにわるいことじゃあ、ないよ。-


換気扇を止める。

氷をグラスに入れウィスキーを注ぐ。

琥珀色の液体を喉へ流し込む。

喉の焼ける痛み。


-ねえ、なんでお酒弱いのに、呑もうとするの。-

-明日も生きるためさ。-

-なにそれ、意味わかんない。-


人間が生きていくのに必要なのは、聞こえのいい正論じゃなく。

夜更けに一人で煽るウィスキー。それに煙草。

ほんの少しだけ思い出す懐かしい、追憶。

がはは、という笑い声が聞こえた気がした。








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