銀杏
「人は生まれてからずっと一人だ、っていう意見あるじゃない?」
「うん、いつものことだけれど、突然だね。」
「あれってさ、ある種の反語みたいな気がするのよね。」
道路一面に銀杏の葉が絨毯の様に重なっている。彼女は視線を道路に落としながらも、見ているのは自分の頭の中なのだろう。ふっとした拍子のように金色の山を蹴り上げる。
「君なあ」
「例えばさ。」
「うん」
「ずっと一人で生きている気になっている悲劇のヒロイン君がさ、電車に乗るとするじゃない?その時電車を運転してくれる運転手さん。電車を維持する社会システム、経済システムを含めて。これら全部が膨大な人間の努力によって維持されているということを忘れているわ。」
「君はシルバーのおじさんがせっかく掃除した山を蹴り飛ばしたけどね?」
「でも、人はずっと一人だ、って孤独がつい口から洩れてしまう人がその事実に気付かないわけがないと思うの。ソレが分からない人はそもそも孤独や側にいる人の温かみも分からないわ。」
「そうだね。」
軽く同意を見せながら、彼女が散らかした葉を、足で少しだけ纏める。
「有難う。でね、人はうまれてからずっと一人だ、って孤独を叫ぶ人は社会そのものに不満があるんじゃないと思うの。多分もっと個人的な渇望。もとい病。」
「病、か。」
「病よ。人が好きすぎて、満たされない思いから人間嫌いを自称していた誰かさんと一緒。」
「君には頭が上がらないな。」
「ふふっ。生活を支える社会システムと、個人の人間関係が乖離しすぎたのも、現代の病巣の一つね。もっとも昔なら私みたいな人間は気狂いか何かの類と揶揄されるのが落ちなのでしょうけど。」
言い終わってしまうと、静けさが辺りに残った。
言葉はいらない気がして、彼女の手を握った。じっと見つめられる。
「僕はあまり言葉が得意じゃないんだ。」
「知ってるわ。」
取り敢えずキスをしてみた。雄弁だった様子はどこへ、身体を小さく強張らす彼女をただただ愛しく思った。
「伝わった?」
「有難う。」
銀杏が落ちる道を、一緒に歩いた。
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