幸せ

「みんな、みんな!死んじゃえばいいんだ!!」

耳に衝く、彼女の慟哭。

「もう嫌だ…大嫌い…」

出会ったばかりの頃。

他人と云うには近すぎて、友達と云うには遠すぎる距離。

誰に言うでもなく、マネキンの第三者に聞かせるように。

チラシの裏に自分の心を閉じ込めるように。

彼女は、感情を爆発させていた。

なにがあったの。どうしたの。

言葉にならなかった、掛けたかった言葉。



夕飯を終えて、ソファで映画を見る。

ウトウトと肩に頭を持たれ掛けさせるのは、あの日の面影をほんの少しだけ残す幸せそうな彼女の顔。

幸せだなあ、と思う。

ふっと目を開けた彼女と、覗き込んでいた僕との視線が合う。

ふふっ、と笑う。可愛い。

「今、ね。」

「うん。」

「昔の、ことを夢に見てたの。」

そう言って、少し間を置く彼女に口づけをする。

甘い香りに心臓が飛び出そうになる。触れた温かさが心に染みる。

少しだけ、力を入れて抱き締めた。

「大丈夫だよ。」

「うん…。」

彼女の呼吸を感じる。彼女の鼓動を感じる。

時間がゆっくりになる。


思い出す情景。

それはだんだんと強くなる雨の中、傘を差さず一人立ち尽くす姿だった。

それは東京の夜の雑踏の中、一人俯く姿だった。

それは暗い部屋の片隅で毛布を被って一人自分を責める姿だった。


もう、二度とそんな思いをさせはしない。

腕の中の奇跡のような幸せを、もう一度噛み締めた。

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