第42話 お疲れ令嬢とお父様のフットワーク
つ、疲れた……疲れ果てた……
あの後、ミッセル氏が憲兵を呼んでいてくれたので、彼らに事情を説明してナリキンヌ商会の主を逮捕してもらった。
ちなみに主は逮捕時に見張りの男と共にまだ金魚すくいに興じていたという。逮捕されてようやく幻覚が消えたようだ。
きんぎょ幻想、なかなか恐ろしい能力かもしれない。
みだりに使わないようにしよう。
貴族の令嬢を誘拐して人質にとって脅迫しただなんてとんでもない大罪だけれど、主を蟄居させること、財産、土地の一部を没収、現在有している商売の優遇措置の取り消し、ゴールドフィッシュ男爵家への慰謝料の支払いの他には刑罰はくだされないことになった。
私がまだ嫁入り前の令嬢ですので、誘拐されただなんて話が流れて社交界でおもしろおかしく噂されないように、私の誘拐の件を口外しない代わりに罰を軽くするという取引が成立したためだ。
表向きはナリキンヌ商会が商売上の失態により王家とゴールドフィッシュ男爵に迷惑料を支払ったという形にするらしい。
その辺のことはなんとロベルト王子がうまくやってくれたそうだ。
ただの我が儘王子じゃなかったのね。
私とキース様は再びトリフォールド伯爵家へ戻され、夫人とディオン様にめいっぱい労られた。
うーん……本当になかなか男爵領に帰れないなぁ。
お父様はどうしてるのかなぁ。
そんな風に思いながら、疲れ切った私はほぼ丸一日ぐっすり眠ってしまった。
「ふわ……あ……」
「アカリア!目が覚めたかい?」
目を覚ますと、お父様が満面の笑顔で顔を覗き込んできた。
「えっ、お父様?」
私は驚いて目を白黒させた。
「何故、ここに?」
「アカリアがさらわれたって、ミッセルが早馬で知らせてくれたからね。馬に乗って飛んできたんだよ」
「え?お父様、馬に乗れたんですか?」
「はっはっは。これでも貴族の端くれだよ」
「え?でも、我が家に馬なんて……」
乗馬出来る馬なんて我が家にはいないはず。
「隣に住んでるヴォルフラムにバルバロッサを貸してもらった」
「え?バルバロッサを?」
我が家の近くに住んでいるヴォルフラム老人はバルバロッサという黒い馬を飼っている。
てっきり農耕用だと思っていたのだが、
「知らなかったのか?ヴォルフラムは若い頃辺境伯の抱える傭兵団で「雷鳴のヴォルフ」という異名で恐れられたんだぞ。戦場で見事な黒馬を駆る姿を見た者は生きて帰れぬと噂されたほどでな」
「し、知らなかった……」
ただの偏屈爺さんと年寄り馬だと思っていた。確かに言われてみればその辺の農夫と馬にしては物々しい名前してたわ。
「まったく、なかなか帰ってこないと思っていたら。心配したぞ」
「ごめんなさい……」
なかなか帰らない上に誘拐されただなんて、きっとものすごく心配させてしまったのよね。
私は反省して肩を落とした。
「お父様、キースお兄様は?」
「ああ。ミッセル商会に行っているよ。ナリキンヌ商会のことでいろいろ話を聞いている」
お父様はふーっとため息を吐いた。
「アカリアを目の前でさらわれたことで、キースは随分自分を責めているようだよ」
「え?」
私は首を傾げた。
キース様が自分を責める必要なんかどこにもないのに。
確かにキース様の前でさらわれてしまったけれど、あれは仕方がないと思う。ディオン様が護衛を付けると言ってくれたのを「もったいなから」と断ったのは私だし、どちらかというと私のせいだ。
「お父様。キースお兄様は私を助けに来てくださったんです。捕まっている時だって、キースお兄様が助けに来てくれると信じていたから私は気丈でいられたのです。キースお兄様は何も悪くありません」
私は懸命に訴えた。
「ああ。わかっているよ」
そう答えるお父様は、しかし何故か曖昧な表情を浮かべていた。
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