第30話 我が儘王子に宣戦布告!






 まさか王宮に足を踏み入れる日が来るとは思わなかった。

 兵士に前後を固められて、第三王子が住まうという西の塔へ案内される。私は隣りを歩くキース様の腕に掴まって歩いた。はっきり言って怖い。なにせ、相手は王族だ。

 男爵家なんて、その気になったらその場で斬り伏せたって王子が罰せられることはないのだ。


 やがて、大きな扉の前に立たされ、兵士によって扉が開かれる。

 水槽が大量に置かれた部屋の真ん中に、不敵な微笑みを浮かべた青年が椅子にふんぞり返ってこちらを見ていた。


「お前達が金魚とやらを発見して売りさばいているという男爵家か」


 冷たい目に射抜かれて、私はぞくりと背を震わせた。しっかりしろ私。イケメンだが怯むわけにはいかない。


「ゴールドフィッシュ男爵家のキースと申します」

「アカリアと申します」


 お兄さまと私はひざまずいて名乗った。


「聞かせてもらいたいんだがな、ゴールドフィッシュ男爵の領地ではこんな珍しい魚がたくさん穫れるのか?ずいぶん安い値で売っているが、そんなに大量に穫れるならゴールドフィッシュ領内の池には金魚が溢れているんだろうなぁ」


 私はちらりとキース様を見た。下手な答えを返したら揚げ足を取られそうで、私は口を開けない。


「我が領民のみならず国中の人々の心の癒しとなるよう、平民であっても買える値で売りたいと我が義妹アカリアが望みまして、ミッセル商会の協力の下、まず王都にて金魚を観賞する文化を広めようとしております」


 キース様が説明してくれたので私は黙ったまま目を伏せた。ロベルト王子からは遠慮ない視線が注がれているのを感じるが、私は王侯貴族の腹芸とか交渉とか出来ないから黙っているに限る。礼儀も自信ないからね。のびのび育てられたんだもの。


「しかし、未知の怪しい生物を国内に勝手にばらまかれてはかなわないな。きちんと調べて安全だと証明されるまで、王家で預からせてもらう。

それから、ゴールドフィッシュ家の領地にも人を派遣して調べさせよう」


 ロベルト王子の言いように、私はさーっと青くなった。

 まさか、王子は金魚が穫れる場所をみつけて、そこを何かしら理由を付けて封鎖してしまうつもりではないかしら?

 金魚は危険な生物だ、とかなんとか適当にでっちあげて、他人が金魚に近寄れないようにして独り占めするつもりなのでは。

 まさかとは思うけれど、ミッセル氏の話では国王に溺愛されていてやりたい放題の王子だって話だし、彼の我が儘がどこまで通るのかわからない。王子の背後にはディオン様の浴槽もある。他人の庭を掘り返してでも自分の欲しいものを手に入れようとする貪欲な王子が何をするか想像がつかない。


「殿下。金魚にはなんの危険もありません。人を傷つけるような生き物でないことは一目ご覧になればおわかりになるはずです」

「しかし、誰も見たことがない生き物だ。もしかしたら、成長したら巨大になって人を飲み込むかもしれないだろ?」


 キース様が少し勢い込んで言った。だが、王子はニヤニヤと意地悪げにこちらを見下ろすばかりだ。

 くっそ。なんか腹立ってきた。


『べー』

『べー』


 きんちゃんとぎょっくんも怒り心頭の様子で一生懸命あっかんべーをしている。

 こんな我が儘王子に、金魚を世界に広める私達の夢を邪魔されてたまるもんか!


「恐れながら!私は王子よりも遙かに金魚のことを良く知っております!」


 私はその場に立ち上がって声を張り上げた。キース様がぎょっとしているが、構わずに続けた。


「その私が保証します!金魚はまったく危険な生物ではありません!金魚は人間の身近なお友達なのです!」


 私がそう主張すると、きんちゃんとぎょっくんが『そうだ』『そうだ』とぴろぴろ頷いた。


「ほう?アカリア嬢、その言葉に信じるに足る根拠はあるのか?」


 王子は気分を害した様子はなく、むしろおもしろそうに目を輝かせた。

 私は王子をまっすぐに睨み返して、言った。


「殿下、賭けをしましょう。私が金魚の専門家だと証明してみせます」


 私は部屋の中の大量の水槽を指さした。


「この部屋の中の金魚を、水槽を持ち出さずに一匹残らず連れ帰ってみせます!」


 私の宣言に、キース様は目を丸くして、王子は心底愉快そうに吹き出した。





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