第21話 ここほれきんぎょ
「アメノ?イワ、ト作戦って、どんな作戦なんだい?」
庭師から借りたシャベルを持って、キース様が途方に暮れたように尋ねてくる。
私もシャベルを手に力強く答えた。
「嫌なことがあって引きこもった女神様を外に出すことに成功した由緒正しい作戦です!」
トリフォールド伯爵家の庭、ディオン様の部屋の窓からよく見える位置に立って、私はキース様に言った。
「さ!掘りましょう!」
言うと同時に、シャベルを芝生に突き刺す。
ちゃんと許可は取ってるからね!
「令嬢に穴を掘らせるなんて!ゴールドフィッシュ男爵に申し訳が!」
トリフォールド夫人が気絶しそうな表情で止めようとしてくるが、私は構わずに穴を掘り進めた。
「大丈夫です!お父様は今さら私が穴を掘ろうが川の底を浚おうが驚いたりしません!」
「そ、そうなの……?」
確かに、令嬢にあるまじき行動ではあるが、私は別に将来貴族に嫁入りするでもないのだから構わないのだ。男爵家はキース様が継いでくれるし、私は心おきなく金魚屋になれる。
「それよりも、夫人は楽しそうに見えるようにしていてください!この作戦は、いかに楽しそうに見えるかが肝なのです!
引きこもった女神を外に出すために、神々が宴会を開き、その騒ぎを聞きつけた女神が気になって外を覗いたところを屈強な男が捕まえて引っ張り出し……」
「屈強な男!?」
「あ、そのくだりはナシでいいです。とにかく、楽しそうにしていてください」
私がさくさく穴を掘り進めるので、キース様も慌てて穴を掘り始めた。夫人も戸惑いながらもとりあえずひきつった笑顔を浮かべている。
「キースお兄様、もっと楽しそうに掘りましょう!」
「楽しそうに穴を掘るという経験がないから、どうしたらいいのか……」
「おーい、お嬢様!」
大きな荷物を抱えたミッセル氏と従業員がやってきて、穴を掘る私とキース様を見て目を丸くした。
「お嬢様はまったく予想のつかないことをしてくれますね……頼まれたものを持ってきたんですが、いったい何に使うんです?」
ミッセル氏の後ろで、大荷物を運んでいた従業員が荷を地面に降ろした。
私がミッセル氏に頼んで持ってきて貰った―――浴槽だ。
「これをここに埋めます!」
「埋める?庭に浴槽を?」
「全部じゃなく、下の部分だけです。そして土を敷いて水を入れます」
私はビオトープを造ろうとしているのだ。小さな人工池を造り、そこに金魚を泳がせる。
私以外の人は浴槽がどうなるのか想像が付かないらしく、首を傾げている。
「ほら!もっと楽しそうにしてください!わっはっはー」
「お嬢様、男爵令嬢がよその家の庭を掘りながら高笑いをしているのはちょっと問題が……」
「おい、お前!アカリアの代わりに穴を掘れ!」
キース様が私からシャベルを取り上げてミッセル氏に押しつけた。
「ええ……まあ、いいでしょう。お嬢様が何を見せてくれるか楽しみですし」
ミッセル氏が穴を掘り始めると、さすがは大人の男の腕力でざくざく穴が深くなっていく。
「ミッセルさん、たくましいですね!」
「はははっ、商人ですから荷を運んだりしますからね」
「……お、俺だって、商人ごときに負けたりはっ!」
ミッセル氏のスピードに感化されたのか、キース様の勢いも増したので、穴はあっという間に深くなった。
「では、この穴に浴槽を埋めて……うん、いい感じです!」
次に浴槽の底に土を敷き詰め、平らにならす。そして、浴槽に水を入れて、本日の作業は終了だ。
「今日のところはここまでです!」
浴槽の水は土と混じって茶色く濁ってしまっている。土が沈殿して水が澄むまで待たなくてはならない。
「まったく、お嬢様といると退屈しませんね」
ミッセル氏が額の汗を拭いながら笑う。
『池ができるー』
『わーい』
きんちゃんとぎょっくんが浴槽の上ではしゃいでいるのを見て、私もにっこり笑った。
思いがけず王都の滞在が延びたので宿を探さなければならない。キース様と私がそう話し合っていると、聞きつけた夫人が家に泊まるように熱心に誘ってくださったのでお言葉に甘えることにした。
伯爵家のゴージャスな客室にテンションが上がりつつ、夕食の席にも姿を現さなかったディオン様について考える。
私達が庭で何かを造っているのを見て、何をしているのか興味を持ってくれればいい。見たいと思って庭に出てこれるようになれば、少しずつ外に出ていけるようになるはずだ。
それから、ビオトープ造りが夫人の気分転換にもなればいい。
「お日様の下で池を造れば、元気になるよね?」
『なるよー』
『楽しいよ』
きんちゃんとぎょっくんに話しかけながら、私はビオトープ造りの計画を頭の中で思い描いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます