第46話 タナカサンと怒りの矛先
きんちゃんとぎょっくんがいない。
いつもなら、私が落ち込んでいると頭や頬をつんつんして『泣かないで』『元気だして』と励ましてくれる。
それなのに、きんちゃんとぎょっくんがどこにもいない。
伯爵家の一室で、私は一人でじっとうずくまっていた。
明日には領地に帰る。お父様と二人で。
キース様は、一緒に帰らない。
「どうしてよ……」
呟いた声は情けなくひび割れていた。
こんなに惨めな気分になったのは久しぶりだ。
前世を思い出す前は、いつもこんな気分だった。貧乏で、何も出来ない、明日になんの希望もない男爵令嬢。
そんな私が前世を思い出して、きんちゃんとぎょっくんがいつも傍にいてくれて、キース様と出会って、ずっと頑張ってこれたんだ。
それなのに、彼らがいっぺんに私の前から消えてしまうだなんて。
どうしてキース様はゴールドフィッシュ家を出て行くんだろう。どうしてきんちゃんとぎょっくんは戻ってきてくれないのだろう。
どうして、私は見捨てられてしまったんだろう。
暗い部屋でじっとうずくまっていると、扉がノックされて返事を待たずにディオン様が入ってきた。
「うわあ。こういうの、心当たりがあるなぁ」
苦笑いを浮かべて、ディオン様は私の隣に腰を下ろした。
「これは間違いなく、めちゃくちゃ落ち込んでいる人間の部屋だ。「大切な人をなくした」っていうこの空気には僕はちょっと詳しいぞ」
私は少しだけ顔を上げた。
「でも、アカリアの大切な人は、まだ「なくなった」訳じゃないだろ」
ディオン様がそう言うと、「そうですよ」と声がして、ミッセル氏が現れた。
「今のお嬢様とは取り引きする気になりませんなぁ。商人っていうのは、ヤバい時でも無闇に自信満々でいられる肝の太さがないとやってられませんぜ」
ミッセル氏がニヤリと笑って私を見下ろしてくる。
「まったくだな!こんな面白味のない女を師匠とは呼べん!」
いつの間にか戸口にもたれて立っていたロベルト王子がふん、と鼻を鳴らした。
「こんな覇気のない令嬢に、俺が金魚すくいで負けるとは思えん。金魚すくい名人の座を俺に譲り、とっとと引退するがいい」
勝手なことを言うロベルト王子の脇からクルトが走り込んできて、私の前に仁王立ちになった。
「お前!なんかすっげぇダッセェぞ!俺を叱った時はあんなに偉そうだった癖しやがって!」
ぷんぷんと頬を膨らませて怒るクルトに罵られて、私は目に涙を浮かべて膝に顔を埋めた。
「だって……いないんだもん。いなくなっちゃうんだもん!」
きんちゃんとぎょっくんがいない。キース様が私を置いていく。
落ち込む権利くらいあるだろバカヤロー。
私の泣き言を聞くと、彼らは一様に肩をすくめて小馬鹿するように言った。
「アカリア、いなくなってから後悔したって遅いんだよ」
ディオン様が言う。
「何が何でもかじり付く根性が商人には必須ですけどね」
ミッセル氏が頭を掻く。
「欲しいものを諦めるなんて、俺には理解できん」
ロベルト王子が首を傾げる。
「貴族なんだろ?そんなすぐに落ち込む貴族じゃ、俺達平民は安心して暮らせねぇぜ!」
クルトが私の頭をぽかりと殴った。
それを聞いて私は……
「……ふ……ふふ……ふふふふふ」
低い声で笑い出した。
どいつもこいつも、好き勝手言ってくれるじゃないか。
キース様も、お父様もそうだ。何を勝手に決めてくれてんだコラ。
そもそも引き留めてくれないお父様が悪いし、私が引き留めたのに止まろうとしないキース様が何より悪い。
皆、まだ私の真の恐ろしさを知らないようね。
何度負けても諦めずに毎年勝負を挑んでくる私を認めた田中さんに「そのしぶとさ……まさに蝮の娘よ」とまで言わせた女なのよ、私は!
「思い知らせてやるっ!!田中さんすら打ち破った私のしぶとさをっ!!」
私が拳を振り上げて叫ぶと、四人の男達は「タナカサン?」と首を傾げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます