第45話 お別れ




 そんなの無理だ。絶対にダメだ。


 どう考えたって、キース様を気持ちよく送り出すことなんか出来ない。


 だから、私はキース様が戻ってくるまで宿に居座り、帰ってきたキース様を待ちかまえて問いつめた。


「キースさ……キースお兄様!私達と一緒に帰りますよね?ね?」


 キース様は一瞬面食らったが、すぐに気まずそうな笑みを浮かべた。


「男爵に聞いたのか。ごめんな、アカリア。俺ではゴールドフィッシュ家を継ぐことが出来ないんだ」

「何故ですか?キースお兄様以上にゴールドフィッシュ家を継ぐのにふさわしい人間がいるわけないじゃないですか!」


 私が訴えると、キース様は「買いかぶりだ」と笑った。


「やっぱり、ゴールドフィッシュ家はアカリアが婿を取って継ぐべきだよ。それが一番自然だろう」

「そんなことないです!私は金魚屋ですもん!跡継ぎはキースお兄様です!」


 私は目に涙をためて叫んだ。

 このままでは、キース様が私の傍からいなくなってしまう。

 きんちゃんとぎょっくんもいないのに、キース様までいなくなってしまったらと思うと怖くてたまらなくなる。


「お願いです!行かないでください!」

「アカリア……」


 私が抱きついて懇願すると、キース様は眉を下げて唇を噛んだ。


「ほら、キースお兄様はディオン様にもロベルト王子殿下にも「ゴールドフィッシュ男爵家のキース」と名乗っているじゃありませんか!トリフォールド伯爵と第三王子殿下に名乗っちゃったのですから、今さら「やっぱり辞めます」なんて認められません!!」


 身分が上の者に名乗って、そう認められたのだから、これを覆すのは相手への非礼になるはずだ。ゴールドフィッシュ家にとっては恥にもなる。だから駄目だと訴えればキース様はゴールドフィッシュ家の体面のために諦めてくれるかと思ったのに、彼はなんてことのないように口にした。


「伯爵と王子殿下にはご挨拶と説明をさせていただいた。お二人とも、ちゃんとご理解くださったよ」


 そんな馬鹿な。なんでご理解なんてするんだ馬鹿野郎。引き留めろよ。


「それに、金魚屋のことも心配いらないよ。俺はちゃんと水槽を創ってミッセル商会に届けるようにする。ミッセルにも説明しておいたから」


 そんなこと今はどうでもいい。水槽の心配なんかしていない。

 なんで、なんで私以外の人は誰もキース様を引き留めないんだ。馬鹿野郎。


「……俺は、アカリアの「お兄様」にしかなれなかった。ゴールドフィッシュ家を継ぐ資格はない。男爵の期待に添えなかったのだから」


 キース様が小声でそう呟いた。

 そして、私を引きはがしてにっこりと微笑んだ。


「元気でな、アカリア――いや、アカリア・ゴールドフィッシュ嬢」




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