第44話 お兄様の固い意志
空だった水槽に、大量の小さな魚が出現する。
ミッセル商会の金魚売場で、私は自分の手のひらをじっと見つめた。
使える。金魚を生み出す『スキル』は以前と同じように使える。
それなのに、どうして。
どうして、きんちゃんとぎょっくんがいなくなってしまったんだろう。
あれからどんなに探しても呼んでも、二匹の金魚が姿を現すことはなかった。
いったい、どこへ行ってしまったのだろう。消えてしまったのだろうか。それとも、成仏してしまったのだろうか。
なんとなく、彼らはずっと私と一緒にいるのだと思っていた。
「アカリア?どうした」
どんっと体当たりするように抱きつかれ、私ははっと我に返った。腰にしがみついたクルトがじっと見上げてくる。
「ううん、なんでもない」
「明日、領地に帰るんだろ?」
「うん……」
今度こそ、何事もなく帰ることができればいいなぁ、と思う。
でも、きんちゃんとぎょっくんを置いて帰っていいのだろうか。もし、きんちゃんとぎょっくんがどこかで迷子になっているのだとしたら、私が領地に帰ってしまったらもう会えなくなるのではないか。
だけど、私だけ王都に残ってきんちゃんとぎょっくんを探すわけにはいかない。皆に迷惑がかかってしまう。
でも、きんちゃんとぎょっくんがいないと、不安で仕方がない。
前世の記憶を思い出してからは、ずっと一緒にいたから、いなくなるなんて予想もしていなかった。
私が肩を落としていると、エリサさんが気を遣って優しく声をかけてくれた。
「お嬢様。どうかお力を落とさず……」
「元気出せよ」
クルトにまで励まされるくらい、私は落ち込んでいるように見えるらしい。
私は顔を上げてぶんぶん首を振った。
「大丈夫よ。ありがとう」
礼を言って二人と別れ、伯爵家へ戻る前にお父様とキース様の泊まる宿屋へ向かった。
すると、迎えてくれたのはお父様だけで、キース様の姿はなかった。
「お父様、キースお兄様は?」
私が尋ねると、お父様はちょっと困ったように笑った。
「キースは王宮に行っているよ」
「またですか?」
事件の証言で私も王宮に呼ばれたりもしたが、キース様はほとんど連日王宮へ呼び出されている。もうナリキンヌ商会への罰も決定したというのに、この上まだ何かキース様に聞くことがあるのだろうか。
「キースお兄様にはたくさんたいへんな思いさせちゃったから、領地に帰ったら少しゆっくりしてもらいたいですね」
ずっと私にばかり協力させてしまったから、今度は私がキース様に何かしてあげたいな。
キース様のやりたいこと、行きたいところ、なんでも付き合おう。
そう決意する私を見て、お父様は言いづらそうに口を開いた。
「アカリアや。実はね、キースは私達と一緒には帰らないんだ」
「え?」
私は目を瞬いた。
「キースはね。自分にはゴールドフィッシュ男爵家を継ぐ資格がないため、養子を白紙にして欲しいと言っているんだ」
「ええっ?」
養子を白紙……ということは、我が家とは縁を切るということ?
「どうしてそんなっ」
思わず悲鳴に近い声が出た。
だって、これまでキース様は男爵家を継ぐことに不満な様子は見られなかったし、何も問題はなかったはずだ。
「キースは、アカリアを目の前でさらわれたことで責任を感じていてね。アカリアを守れなかった自分にはゴールドフィッシュ男爵家を継ぐ資格はないと言い張っているんだ」
「そんなの!キース様のせいじゃありません!」
私はお父様に食ってかかった。
「お父様!なんでキース様を引き留めてくださらないのですか!キース様がいなくなったらお父様だって困るじゃないですか!跡継ぎがいなくなるんですよ!?」
「キースはアカリアが婿を取ってゴールドフィッシュ家を継ぐべきだと考えているようだね」
「なっ……」
婿を取る?私が?
そりゃ、私だって貴族の令嬢だもの、前世を思い出す前はぼんやりといつかは婿を取ることになるんだろうなって考えていたけれど、前世を思い出して金魚屋を目指して、キース様が家に来てくれて、キース様が男爵家を継いでくれるんだとすっかり安心していたのに。
今さら、やっぱり止めたなんて言われても、納得できる訳ない。
「キース様はグラスイズ家に戻るおつもりなんですか!?」
「いや、実家には戻らず、騎士団に入るつもりらしい」
騎士団……まさか、このところキース様が王宮へ通っていたのは騎士団に入るために見学をしていたということ?
「入団資格を得るまでは傭兵扱いで荒くれ者どもと一緒に辺境勤務だろうけどね」
「……っ、止めてください!」
普通、貴族の男子が騎士団に入る時は、幾ばくかの金銭を支払って入団資格を「買う」のだ。入団後も、家の名前である程度の地位が与えられる。
そうでなければ、食いつめて傭兵家業に転んだ平民と一緒に一番下っ端の立場で一番危険な前線に配置されてしまう。生き残るのは難しいと言われる辺境勤務なんてキース様には絶対にしてほしくない。
だって、キース様は既にご実家のグラスイズ家からは籍を抜かれているし、ゴールドフィッシュ家の籍まで抜いたら貴族じゃなくなってしまう。
「キース様は、キース・ゴールドフィッシュです!お父様、跡継ぎを辺境に送ったりしませんよね!?」
私は必死に言い募ったが、お父様は何故か諦めたような表情で穏やかに言う。
「残念だが、キースの意志は固い。気持ちよく送り出してやるしかないだろう」
「そんな……っ」
私は絶句した。
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