第40話 祭り囃子と金魚すくい
キースは不思議な気配を追いかけて走っていた。
だが、はっきりと姿が見える訳ではないそれを何度も見失ってしまい、その度に街中を探し回る羽目になり、時間ばかりが経ってしまいキースの焦燥を募らせた。
(こんなことをしているうちにアカリアが……っ)
いつの間にか空が白み始めていて、夜明けが近いことをキースに教える。
(もう時間がないっ!)
不思議な気配も心なしか焦っているように感じられ、キースはアカリアの無事を祈りながら商店の建ち並ぶ王都の街道を駆け抜けていった。
やがて、キースが辿り着いたのは、大きな建物の並ぶ工場地帯だった。今はまだ人気のないその中に、小さな不思議な気配が漂っていく。
「この中のどこかに、アカリアがいるのか?」
思わず口に出すと、何かとても小さなものが「うんうん」と頷いたような気がした。
「……よし。連れて行ってくれ、アカリアの元に!」
もはやキースは何か目に見えないものが自分をアカリアの元へ導いてくれると信じていた。それが何かはわからないが、何かとても小さく、でも不思議と親しみを感じる気配だった。
「アカリア!」
その気配に導かれて飛び込んだ建物の中で、キースは目にした光景に息を飲んだ。
そこには信じがたい光景が広がっていた。
***
目の前には水の張られた桶がある。
そして、訝しげに私を眺める男達。
私は目を閉じ、集中して、桶に手をかざした。
「はっ!」
気合い一発。たちまち、桶に金魚が満ちる。
「「おおおおおっ!」」
男達が悲鳴のような歓声を上げた。
「ど、どうなってんだ!?」
「素晴らしい!こんな『スキル』があるとは……っ」
ふっ。驚くのはまだ早い。
ここからが本番だ!
私は精一杯の集中力を使って、思い出の中の光景を脳裏によみがえらせた。
この世界に生まれる前の、前世の記憶。
幼い頃、夏が来るのが待ち遠しかった、あの時の胸のときめきを。
「付与能力!「きんぎょ幻想」!!」
私の声と共に、室内が柔らかい光に包まれた。
「な、なにっ!?」
「なんだこれはっ!?」
男達の驚愕の声が響き、私はゆっくり目を開けた。
そこに広がっていたのは、まさしく私の記憶の中の光景。
立ち並ぶ出店、浴衣姿の人々、提灯の明かり。
前世で夏が訪れる度に目にしていた光景だ。
待ち遠しかった、縁日の夜の光景。
どこかから、祭り囃子が聞こえてくる。ぴー、ひゃら、と笛の音がかすかに耳に届く。
「な、なんだ!?この音はっ!?」
「あ、悪魔の囁きかっ!?」
聞き慣れぬ篠笛の音に、男達は恐慌状態に陥る。
私はそっと手を合わせ、ポイを創造した。
「さあさあ、どうだ!金魚すくい、やっていかない?」
私が声をかけると、男達は後ずさった。
「ば、馬鹿な……こんな幻などに惑わされるものかっ!!」
「ああ……、しかし、ううっ……なんだっ、この胸の痛みはっ……これはっ、郷愁……?」
祭り囃子が大きくなり、人々の笑いさざめく声も聞こえるようになる。
まさに、にぎやかな縁日の夜だ。
「がああっ!なんなんだこの懐かしさはっ!?」
「うう……母ちゃん……っ」
きんぎょ幻想。
それは、私の中にある金魚にまつわる思い出を、幻想に変えて他者に伝える能力なのだ。きっと。
今、彼らが見ている物は、私の中に残る前世の記憶。
本物ではないから、お面もかぶれないし綿飴も食べられない。けれど、金魚だけは本物だ。
「さあ、金魚すくいやっていかない?楽しいよ!」
私がポイを差し出すと、男達はふらふらと近寄ってきた。
「何故だ?体が勝手に……っ!」
「くっ!操られているのか?しかし、……田舎に帰りてぇよ、母ちゃん……」
ポイを握った彼らは桶の前にしゃがみ込み、悠々と泳ぐっきんぎょを目で追って戦慄する。
「お、おのれ……体の自由を奪ってどうするつもりだ?」
睨みつけてくる男に、私は宣言した。
「だから、金魚すくいよ!」
かつて、田中さんは言っていた。金魚すくいを楽しむのに、大人も子供も関係ない。誰もが楽しめるのが金魚すくいの魅力だと。
私がどうして金魚と一緒にこの世界に転生し、金魚を生み出す能力を与えられたのか。
もしかしたら、私が金魚をこの世界に連れてきたのではなくて、金魚が私をこの世界に連れてきたのではないかしら?
金魚達が、この世界の人間達と友達になるために、その架け橋として私をこの世界に生まれ変わらせたのかもしれない。
ならば、その役目、立派に果たしてみせるわ!
「祭りじゃあーーーっ!!」
私は思い切り叫んだのだった。
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