第27話 王都見物と、厄介な御仁




「なら、今日は王都の見物でもしたらどうです?」


 明日には一度領地へ帰ろうと思うと伝えると、ミッセル氏はそう提案してきた。


「うちと伯爵家を行ったり来たりするだけで、せっかく王都に来たのに何も見ていないでしょう?若いお嬢さんならいろいろ見物したいだろうに」

「ああ。それもそうだな。じゃあ少し街を歩いてから帰ろうか」


 ミッセル氏の言葉に頷いたキース様が、私の手を取って街へ連れ出してくれた。

 にぎやかな通りを二人で歩き、領地では目にすることのない着飾った女性達や大道芸などを見て楽しむ。人の多さにキース様は「大丈夫か?」と私を気遣ってくれるが、私はきょろきょろするのに夢中で生返事をするばかりだった。

 いつかは我が領地にもこれくらいの活気を得たいものだ。金魚すくい大会を開催して、それを名物にして、年に一回は王国中からゴールドフィッシュ領に人が集まるようにしたい。金魚すくいが人々の間に浸透すれば、きっと腕利きの名人や猛者が集うようになるだろう。


 はぐれるといけないから、とキース様が差し出してくれる腕に掴まりながら歩いていると、喧噪の隙間に人々の会話が聞こえてくる。


「お前、金魚を見たのか?」

「ああ。買えなかったけど、商会で予約は出来たよ」

「ミッセル商会はどうやってあんな珍しい魚を仕入れているんだろうなぁ?」


 男の人達が金魚のことを噂していた。

 平民の間でも金魚の存在が知られつつあるようだ。私は嬉しくなってキース様の腕にぎゅうっとくっついた。


「わっ、アカリア?」

「うふふ。キースお兄様、ありがとうございます」


 私にぎゅうぎゅうくっつかれて、キース様は驚いたのか顔を真っ赤にした。

 おや。

 今気づいたけど、私ってば、イケメンと腕を組んで街を歩いている。

 これって……


「デートみたいですね!」

「デッ……っ」


 キース様が絶句してしまった。冗談が通じなかったのかな?


『でーとー』

『ぼくたちもいるよー』


 きんちゃんとぎょっくんが何故かキース様のこめかみにどすどすと体当たりして攻撃している。

 きんちゃんとぎょっくんにはどうやら実体がないようで、当たられても痛くもなんともないんだけど、だからと言ってキース様に攻撃するのはやめなさい。手で追い払うと、二匹は『きゃー』とか『ぷん!』とか言いながら逃げていった。

 その後は露店を眺めてから伯爵家へ戻った。露店は金魚すくい屋台の参考になりそうなのでじっくり見たかったが、人混みにもみくちゃにされてしまったのであまり見学できなかった。

 残念。でも、金魚すくい屋台は絶対にいつか実現してみせるわ。





 ***




 アカリアとキースが出て行ってしばらくすると、今日も金魚目当ての客がやってきた。

 最近は、平民の客も訪れて金魚を買っていく。貴族には尾がひらひらと綺麗な種類の方が人気があるので、平民は売れ残った安い和金を買っていくことが多い。冷やかしにきただけの客でも、その安さに驚いて買うつもりのなかった和金を買っていくこともある。今のところ、金魚の売買はすこぶる順調だ。

 しかし、とミッセルは思う。

 そろそろ、金魚という未知の生物を独占しているミッセル商会に対して、他の商会が動き始める頃合いだろう。既に偵察の人間が派遣されている可能性もある。

 ミッセル商会はまだまだ小さな商会だ。大きな商会に潰されたり飲み込まれたりしないように十分に用心しなければならない。

 それと同時に、アカリアの身の安全にも気を配らなければならなくなってくるだろう。順調に売られていく金魚を眺めながら、ミッセルは思った。

 客の出入りが一段落ついた頃合いで、身なりのいい男が二人、店に入ってきた。商人として人を見ぬく目を持っているミッセルは一目でピンときた。


「ここで取り扱っているという珍しい魚を見せてもらいたい。第三王子殿下が是非にとの仰せだ」


 案の定、男達は王宮の、しかも第三王子の使いであった。やっぱり来たか、とミッセルは内心で舌を打った。


「それは光栄にございます。しかし、本日はほとんどの金魚が売れてしまっておりまして、王子殿下にお見せ出来るほどのものがありません」

「では、明日ではどうだ?」

「まことに申し訳ないのですが、予約のお客様も多いもので、今しばらくは十分な数を揃えることが出来ず……」


 王子殿下の求めだと憤る男達をのらりくらりとかわしながら、ミッセルは頭を巡らせた。

 明日、アカリアとキースは領地へ帰る。金魚を供給しているのがゴールドフィッシュ男爵家だと王子が知る前にあの二人を領地へ帰さなければ、好奇心と独占欲の塊のような王子に捕まって留め置かれるかもしれない。

 とにかく、今日の所はのらくらとやり過ごすしかない。


 ミッセルの煮え切らない返答に痺れを切らし、男達は憤慨しながら店を出ていった。


「さて……どうにも、嫌な予感がするな」


 ミッセルは第三王子であるロベルトと顔を合わせたことはない。だが、商人の間ではロベルトの悪癖は有名だ。

 彼はとにかく珍しいものが大好きで、商人を呼びつけては「珍しい物を持ってこい」と要求する。苦労して珍しい物を手に入れてきても、一時は夢中になるがすぐに飽きてまた同じことの繰り返しだという。

 だが、それぐらいなら王子に限らず貴族の中にもいる。珍しい物を手に入れるために金に糸目をつけないという道楽者はどこにでも存在するものだ。

 ロベルトが厄介なのは、珍しい物を手に入れるだけに飽きたらず、それを独占したがるという点だ。

 いつだったか、とある商会が東の国から仕入れてきた珍しい形の茶器を、店で売り出す前に王宮に献上したことがあった。

 その茶器を気に入ったロベルトの命で、売り出す前の茶器がすべて王宮に買い上げられてしまったのだ。

 買い上げられたのだから良いではないかと思うかもしれないが、件の商人は茶器と共に東の国の茶葉も一緒に売り出し、少しずつ民衆に東の文化を広めるつもりだったらしい。

 それなのに、王宮にすべて買い上げられてしまっては、どんな素晴らしい文化でも王宮の外には出てこなくなってしまう。

 遠い東の国から新たに茶器を輸入できるようになる頃には、王子は茶器に飽きたらしく、大量に買い占めた茶器を王宮から安く買い取った業者が売りさばいたせいで、その茶器は王都でありふれたものになってしまった。遠い国の異国情緒をまとって売り出されるはずだった品物が、古道具屋で二束三文で売られるようになってしまい、件の商人が貿易にかけた手間と金が無駄になった。

 そのため、商人の間では新しいものを手に入れたら第三王子に目を付けられる前に流通させろという暗黙の了解があるのだ。

 だから、ミッセルはロベルトの耳に噂が届く前に、金魚を王都の民衆に馴染ませたかった。多くの人の手に渡ってしまっていれば、ロベルトが独占することは不可能だ。


「もう少し広めておきたかったが……」


 頭を掻きながらぼやいて、ミッセルは店の者に命じて馬車の用意をさせた。とりあえず、アカリアのことが心配だ。

 王子に気をつけろと忠告しなければならない。

 ミッセルは何事もなければいいと願いながら、トリフォールド伯爵家へ向かった。



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