第26話 観賞魚世界の覇権〜ライスフィッシュ侯爵との死闘〜
「はっ!」
私は目を覚ましてベッド上で飛び起きた。
『どうしたの?』
『アカリア?』
びっくりしたきんちゃんとぎょっくんが心配して寄ってくる。
私は胸を押さえて息を整えた。
「なんでもない……ただ……「メダカ創造」の『スキル』を持つライスフィッシュ侯爵と観賞魚世界の覇権をかけて戦う夢を見てしまって……」
強かったわ、ライスフィッシュ侯爵。
しかし、観賞魚世界の覇権をかけて戦ったりしたら、ライスフィッシュ侯爵に勝ったとしても、次はグッピー公爵とかが立ち塞がるに違いないわ。ラスボスはニシキゴイ皇帝よ。勝てるわけないわ。
「おはよう、アカリア」
「おはようございます、キースお兄さま」
「おはようございます」
「おはようございます。トリフォールド夫人」
上品な物腰は変わらないが、夫人はすっかり雰囲気が変わった。表情が明るくて健康そうだ。
「ディオンは起きてすぐに庭に行ってしまったのよ」
「そうなんですか」
ディオン様はビオトープを見に行ったらしい。私達も庭に出てみると、案の定、ディオン様が浴槽を覗き込んでいた。
その姿は前世で縁日の金魚屋台の船を覗き込んでいた子供達とそっくりだ。
「おはようアカリア。金魚は元気そうだよ」
ディオン様の言う通り、浴槽の中では二匹の和金がすいすいと泳いでいる。
「伯爵も元気になられたし、私達は明日にでも領地に帰ろうと思います」
「まぁ、そうですの?」
キース様が夫人に告げる。確かに、ディオン様はもう心配いらなそうだし、お父様をいつまでも一人にしていたら可哀想だしね。
「お世話になりました」
「寂しくなるわ。またすぐに遊びに来てちょうだい」
「ア、アカリアだけ王都に残らないか?ほら、金魚のことでいろいろ聞きたいし……」
残念そうにする夫人の横から、ディオン様がそう口を挟む。
「……大事なアカリアを一人で残していくだなんて、絶対に出来ません」
キース様が普段より遙かに低い声でそう言った。そうよね。キース様はお父様から私のこと頼まれているし、初めて王都に来た世間知らずの私を残していくわけにはいかないわ。
「キースはアカリアの「兄」だろう?」
「ええ。私はアカリアの「義兄」です」
キース様とディオン様が何故か微妙にひきつった笑みを浮かべて睨み合った。その様子を見て、夫人が楽しそうに「ふふふ」と笑った。
***
「つまらん」
放たれた一言に、ナリキンヌ商会の会長はひゅっと身を竦ませた。
椅子の肘置きにだらりと体を預け、いかにも面白くないといった態度で王子が半目になる。
「俺は珍しい物を持ってこいといったはずだが?」
山のように積み上げられた商品は確かに立派で美しく、王宮にもふさわしいものばかりだった。
が、それは王子の求めていたものではない。
「ロベルト王子、しかし、これらは我が商会でも自慢の一品ばかりでして……」
「お前の商会が何を自慢しようが知ったことではない。俺は値段や見栄えではなく、珍しいものが欲しかったんだ。珍しければ、安物だろうと見た目がぼろぼろだろうと構わん」
他人と同じ物を持ったってつまらない。誰も持っていない物を手に入れてこそ、心が躍るのだ。
「もういい。下がれ」
完全に興味の失せたロベルトは、さっさと商会の連中を追い返した。
「勢いのある商会だと聞いていたが、大したことはないな」
ふん、と息を吐くと、側に控えていた護衛が呆れた表情をした。ロベルトの傍若無人はいつものことだが、「珍しい物が欲しい」という漠然とした注文で呼びつけられる商人には少し同情してしまうのだった。
「ああ、つまらんつまらん。何か見たこともないような面白い物はないのか」
ロベルトはそうぼやいて椅子に沈み込んだ。
いろいろなものが見たいという欲求は、そんなにおかしいことだろうか。いつも同じ王宮、いつも同じ顔ぶれ、いつも同じ日常を過ごしていては、退屈で退屈で仕方がない。だから、ロベルトは幼い頃からずっと珍しいものが見たいと望んできた。
でも、どんなに珍しい絵画や置物も、手に入れてずっと見ていれば飽きてしまう。
なら珍しい生き物ならどうかと思うが、以前、猫を飼ってみたところ咳やくしゃみが止まらなくなって酷い目にあった。医師によるとごく稀に毛の生えた動物に触れると病気になる人間がいるそうだ。
「ああ、退屈だ……」
ロベルトは力なく呟いた。
気を取り直して庭を散歩でもしようかと護衛を連れて外に出ると、庭師とメイドが立ち話しているのが聞こえてきた。
「……それで、ミーナの実家でもなんとか手に入らないかって思ってるけど、予約が一杯で当分は無理みたい」
「俺も噂に聞いたなぁ。なんて商会だっけ?」
「えっと、ミッセル商会よ」
「小さいけどきれいな魚だっていうよな。俺も見てみたいなぁ」
ロベルトはその会話に興味を引かれた。
小さいけどきれいな魚、とはなんだろう。どんな魚なのだろう。
「ミッセル商会……」
湧き上がってくる好奇心を抑えることなく、ロベルトは呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます