第3話 砂利と水草と金魚。
どうも。金魚が出せるようになった男爵令嬢です。
昨日、心に決めた通りに、黒出目金を出してみました。あっさり成功しました。
そんな訳で、現在、桶の中を小金と黒出目金がくるくる泳ぎ回っています。
「今日は砂利と水草を取ってこようか」
私も一晩経ったらだいぶ落ち着いた。
落ち着いたというか、運命を受け入れたというか。
金魚を増やす『スキル』を与えられたのなら、思う存分増やせばいいさ。と楽観的に考えられるようになってきた。こういうのを楽観的という言い方が正しいのかは知らないが。
「アカリア、どこに行くんだい?」
「ちょっと小川へですわ、お父様」
「心配しなくても、今日の夕食分くらいの食料はあるよ」
「夕飯のおかずのために魚を釣りにいく訳じゃありませんわ」
砂利を取ってくるとは言えないので、ホホホと笑って誤魔化して屋敷を出た。
そのうち、お父様には『スキル』のことを言わないといけないよなぁ。なんて説明すればいいんだろう。
金魚というこの世界には存在しない小魚が出せます。と言われて「素敵な『スキル』を授かって良かったね、おめでとう」と喜んでくれる親がいるだろうか。私だったら「何その小魚……?」って戸惑う自信がある。
まあ、それは後々考えよう。
『この辺の川底は泥だよ』
『砂利はもっと浅瀬に行かないとないんじゃない?』
「そうね」
二匹の金魚は今日も私の近くを漂っている。そしてフレンドリーに話しかけてくる。
端から見たら私が独り言を喋っているようにしか見えないだろうから、人がいる場所では話しかけてこないように後で念を押しておこう。
私はいい砂利を探して小川沿いを上っていった。
歩きながら考える。将来、金魚屋さんをやるとしても、この世界の人は金魚の飼育法なんて知らないから、生体を売ると同時に金魚の知識も広めていかなくちゃならないわよね。
餌のやり方に水替えの頻度……うーん、私もそこまで金魚に詳しい訳じゃないのよね。金魚すくいの町内チャンピオンではあったけど、全国大会で戦う猛者達のような腕と知識は持ち合わせていない。こんなことならもっと金魚について勉強しておくんだった。
でも、「もしかしたら異世界に転生して金魚を出す能力に目覚めるかもしれないから勉強しておこう」なんて風に、予想できる人間はいないと思うのよ。
そんなことをつらつら考えているうちに、村のはずれで川が浅く広がっている場所に辿り着いた。
私は手桶を突っ込んで川底をさらい、泥をふるい落としてから水と泥を捨てた。もう一度川の水を汲んで残っていた泥を落として水を捨てると、手桶には砂利だけが残った。
金魚屋で砂利も一緒に売るべきかしら?でも、私一人だと砂利を集めるのは結構な重労働だ。
『岩創造』の『スキル』の持ち主を雇って砂利を作ってもらおうかしら。
そういえば、お父様は『スキル』を持っていないのかしら?
今まで聞いたことがないわ。私もあまり興味がなかったし。我が家の惨状からしても、あったとしてあまり売り物になる『スキル』ではないのだろう。帰ったら聞いてみよう。
「そういえば、あなた達ってオスメスどっち?」
私はふよふよ漂う二匹に尋ねた。
『ぼくはオスだよー』
『ぼくはメスだよ』
メスの方も一人称が「ぼく」なのか。紛らわしいな。
「じゃあ、メスが「きんちゃん」で、オスが「ぎょっくん」ね」
正直、見分けはつかないのだが、とりあえず名前をつける。
「きんちゃん」
『はーい』
「ぎょっくん」
『はーい』
よしよし。心なしか嬉しそうに空気の中を泳ぎ回っている。
異世界にまでついてきて私の傍にいてくれたのだから、仲良くしたいもものだ。
砂利の入った手桶を持って屋敷に戻ると、小金と出目金が泳ぐ桶の底に砂利を入れてならした。
ぴんぽんぱんぽん♪
『おめでとう!レベルが4になったよ!一日に十匹までの和金もしくは出目金が出せるようになったよ!』
『レベルが4になったので付与能力「数え」が使えるようになったよ!容れ物の中の金魚の数が一瞬でわかるようになったよ!』
一気に出せる金魚の数が増えた。
一日に十匹も出せれば充分に商売が出来そうだ。
でも、餌を取ってくるのが大変だから、本格的に金魚屋を始めるまではあまりたくさん出さない方がいいかな。
午後からは再び手桶を持って森の近くの池に向かった。
なんとなく、前世でも見覚えのある水草っぽいものをすくって帰り、桶の中に入れてみた。
『おめでとう!レベルが5に上がったよ!一日にらんちゅうが一匹出せるようになったよ!』
『レベルが5になったので付与能力「種別」が使えるようになったよ!容れ物の中の金魚の個体数が種類ごとに把握できるよ!』
着実にレベルが上がっていくけれど、この先はどうしたらいいのかしら。
出来れば水槽が欲しいけれど、魚を観賞する文化がないのだから、当然水槽などない。
この世界にもガラスはあるのだけれど、ものすごく高価なのだ。
それに、前の世界のような透明なガラスなど見たことがない。技術的に完全に透明には出来ないのだろう。くもりガラスやすり硝子のようなもので、ガラスの向こうのものはぼやけて見える。魚を観賞するには不向きだ。
我が家のような貧乏な家の窓にはまっているガラスはさらに透明度の低い安物だ。『ガラス創造』の『スキル』というものも世の中にあるのだが、もっぱら色付きの模様のついたコップやゴブレットを造る能力らしく、透明度の高いガラスの容れ物などは造られていないようだ。
うーん。でも、金魚を観賞するのならやっぱり透明なガラスの水槽は欲しい。
どうしたものだろう。
まぁ、透明なガラスの容れ物があったとしても、我が家のような貧乏貴族ではとても手が出ない値段なんだろうけれど。
「アカリアや。眉間に皺を寄せてどうしたんだい?」
夕食の時間にも水槽について考えていたら、お父様に心配されてしまった。
「なんでもありませんわ」
「そうかい?昼間は手桶を抱えてうろうろしていたけれど、何かあったのかい」
「何もありませんわ」
お父様にはまだ『スキル』と金魚のことは秘密にしておいた方がいいだろう。うまく説明できる自信がない。
「そうだ、お父様。お聞きしたいことがあるのですが」
「なんだい?
「お父様には『スキル』はないのですか?」
私が尋ねると、お父様は柔和な顔を曇らせた。
おっと、何か地雷だったか?
「も、申し訳ありません。ちょっと気になって……」
「いや、いいんだ。アカリアもそろそろ『スキル』が出てもおかしくない年齢だからね。気になるのは当然だろう」
『スキル』は親から子へ遺伝することが多いので、親が『スキル』持ちなら子供も『スキル』持ちになる可能性が高い。私の亡くなったお母様に『スキル』があったとは聞いたことがないし、おそらくなかったんじゃないかと思う。『スキル』持ちの貴族令嬢ならばこんな貧乏男爵家に嫁がなくとももうちょっと良い縁談があったはずだからだ。
「私には一応『スキル』があるけれど、役に立つものじゃないんだ。お前のお母様にも『スキル』はなかったし、お前も『スキル』が出なくても落ち込まなくてもいいからね」
お父様はそう言った。
「お父様の『スキル』はどんなものなのですか?」
『スキル』は遺伝するというが、私が『きんぎょ創造』だからって、お父様が『フナ創造』とかではないだろう。
「うむ……これだ」
お父様は顔をしかめつつ、テーブルの上に手をかざした。
すると、テーブルの上にざららっと、大量の小石が現れてこんもりと山を作った。そう、大量の小石――砂利だ。
「私のは『岩創造』とも呼べない『石創造』だよ。こんな小さな石しか出せないから何の役にも立たないんだ。どんなに頑張ってもせいぜい手のひらで包み込める大きさの石しか出せない。まったく情けない」
「お父様」
私は山となった小石をみつめて目を輝かせた。
「素晴らしい『スキル』です」
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