第4話 ガラスの少年 と、うっかり出しちゃった少女
お父様の『スキル』が判明して砂利問題は解決したものの、金魚屋開業には問題が山積みだ。
まずは何はともあれやっぱり水槽が欲しい。
金魚は横から観賞する生き物だ。錦鯉のように上から見て楽しむには適さない。
うーん、ガラスガラス……透明なガラスの水槽……
「アカリアや。難しい顔をして何を悩んでいるんだい?」
「お父様……飾りも模様も色もついていない透明なガラスの容れ物が欲しいのです」
「なんの飾りもついていない?そんな容れ物手に入れてどうするんだい?ガラスというのは美しくなければ意味がないだろう」
ああ。そうなのだ。この世界でのガラスのコップやゴブレットは実用的ではなく、あくまで置物なのだ。棚に飾ったりしてインテリアとして楽しむものであって、水やお茶を飲んだりするのは木をくり抜いたコップか陶器のカップだ。美しい装飾のついたガラスをたくさん持つことが貴族や商人のステータスとなっているため、売る方も高く売るためにこれでもかと飾りを付ける。
うーん、やっぱりガラスの水槽を手に入れるのは難しいだろうか。
「ガラスと言えば、やっと話がまとまりそうなんだよ」
お父様がにこにこと相好を崩した。
「何がです?」
「我が家に養子に迎える子だよ。同じ男爵家だが、『ガラス創造』の『スキル』を持つ一族でね。その子にも『スキル』があるようだ」
「本当ですか!?」
私は勢いよく食いついた。
「でも、どうして『ガラス創造』の持ち主が我が家みたいな貧乏貴族に!?」
『ガラス創造』の『スキル』があれば、もっと条件の良い養子先や婿入り先がいくらでもありそうなものだが。
「その家は七人も男の子がいてね。すでに四人は裕福な商家やガラス工房に婿入りしているんだ。一人は跡取りとして、もう一人も商家に婿入りが決まっているそうで。一人ぐらいは貴族の家に、と考えたそうだよ。我が家は貧乏だが、領地には大きな問題もなく平和だしね」
お父様は上機嫌だ。『ガラス創造』の持ち主がいれば、作ったガラスを売って稼ぐことが出来る。もちろん、一人の人間が一日に造れる製品の量は限られているが、それでも我が家にとってはこれ以上ない良い話だ。
「それで、私は相手との顔合わせのために出かけるんだが……」
「私も連れていってください!」
私は勢い余ってお父様に食ってかかった。
「ええ?」
「お願いします!ぜひ、早くお会いしたいのです!」
ガラス水槽を手に入れることに熱中しすぎて、ついつい無理を言ってお父様についてきてしまった。
グラスイズ男爵家は我が家のボロ屋敷とは正反対の、大きくて立派な――成金屋敷だった。
いや、成金屋敷は言い過ぎだわ。えーと、悪趣味ハウス……
馬鹿にしたい訳じゃないんだけど、なんていうか、キラキラ過ぎて目が痛い。外観もめちゃくちゃキラキラしていたけど、招き入れられた屋敷の中はさらにキラキラしていた。
屋敷のそこここに色とりどりのガラスの置物が飾ってあるせいで、窓から陽が射し込む度にキラキラキラキラすんのよ!落ち着かない!
「初めまして。私がゴールドフィッシュ男爵だ」
やっぱり眩しいのか、若干目を細めながらお父様が目の前の少年に挨拶した。
「お初にお目にかかります。グラスイズ家の六男、キースと申します」
我が家の養子となるのは十七歳の六男だそうだ。
礼儀正しく挨拶するものの、表情は暗く目も伏せがちで、喜んで我が家に養子入りするようには見えない。
うん。確かに、養子先としては全然魅力のない貧乏領地だけどもさ。
「こちらのお嬢さんはゴールドフィッシュ男爵令嬢ですかな?」
キース様の父親の目がこちらへ向いたので、私も慌てて挨拶する。
「初めまして。アカリアと申します」
「いやはや、可愛らしいお嬢さんだ。すると、キースの婚約者になるのですかな?」
「は?」
「あー、いやいや。この子は貴族令嬢の教育など何も出来ていませんので、平民相手であっても恋愛結婚してくれたらと……」
そうよね。普通は娘しかいない場合は婿をとるものだもの。
でも、お父様は昔から私には好きな人と結婚して良いからね。と言ってくれている。その為に、婿ではなく養子を迎えてくれるのだ。
お父様、頼りないけど優しいのよね。
私が感じ入っていると、不意に意地悪げな声が響いた。
「父さん、そりゃその女の子にかわいそうだろう。能なしと結婚しろだなんてさ」
話に割り込んできたのは私と同い年くらいの少年だった。
「グレン。口を慎みなさい」
「ごめんごめん。でも真実だろう」
グレンとかいう少年はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてキース様を見る。キース様は無視しているが、顔色が良くない。
よくわからないけれど、いじめっ子といじめられっこを見ているようで気分が悪い。
「あの!お父様、私、お庭を拝見させていただきたいわ!」
私はわざと空気を読まずに明るい声で言った。
「それに、キース様とお話してみたいわ!だってこれから家族になるんですもの!」
「ん?ああ、そうだね」
「まあ、でしたら、キース。お庭を案内して差し上げなさい」
グラスイズ男爵夫人がそう言ってくれたので、私はわざとらしくはしゃいだ振りでキース様を連れて屋敷の外に出た。
「……弟がすまない」
庭に足を踏み入れると、キース様が申し訳なさそうに謝った。
「謝ることなどございませんわ。それより、キース様に『スキル』のことでお聞きしたいことがあるのですが」
私がそう口にすると、キース様の顔がぎっと強ばった。
「……すまない。君はきっと『ガラス創造』で綺麗なコップやゴブレットを期待しているのだろうが、私は……」
「出来損ないなのさ、兄上は!」
キース様の言葉を遮って、グレンがそんなことを言う。
あら。なんでこいつまで庭に来てるのよ。キース様だけでいいっつの。
「見てろ」
グレンは手のひらを上に向けたと思うと、次の瞬間にはごてごてと飾りのついた紫色の色ガラスのコップを創り出した。
「どうだ!僕はこんな精緻な美しいガラスを創り出すことが出来るんだ!だからこそ、ナリキンヌ商会も娘の婚約者を兄上から僕に変更したのさ!」
え?
私はキース様の顔を見た。彼は悔しそうに唇を噛んでいるが、弟に何も言い返そうとしない。
なるほど。つまり、キース様は一家の中では落ちこぼれ扱いされているのか。『ガラス創造』の『スキル』持ちの一家の中で、『スキル』を得られなかったのか、上手く『スキル』を使えないのかで肩身の狭い思いをしているのだろう。
正直、ちょっと残念だ。
でも、
「あら、でしたら私、ナリキンヌ商会の皆様にお礼を言いませんと」
私はグレンに向かってにっこり微笑んでみせた。
「おかげ様で、キース様を我が家に迎えられますわ。婚約者の変更をしていただけて本当に良かったと、ゴールドフィッシュ男爵令嬢が感謝していたとお伝えください」
言外に「お前じゃなくて良かったわ」と伝えてやると、グレンは鼻白んだ。
「――ふんっ!無能を養子にして後悔するなよ!」
捨て台詞を残して立ち去るグレンの背中に、私はべーっと舌を出した。
その拍子に、空中に小金が一匹、ぽんっと現れた。
「え?」
私は咄嗟に手のひらを突き出して小金をキャッチした。
私の手のひらにぽとっと落ちた小金が、ぴちっ、と跳ねる。
「え?なんで?」
『きみの感情が高ぶったからだよ』
『うっかり出しちゃったんだね』
ええ?感情が高ぶるとうっかり金魚出しちゃうの私?
『まだ『スキル』を完全にコントロールできていないんだよ』
『気をつけないとダメだよ』
きんちゃんとぎょっくんがそう言うけど、私はそれどころじゃない。手のひらにはぴちぴちと跳ねる金魚がいるのだ。水!水!
「ききき、キース様!!水!水ください!水!」
「え?水?何故……その小魚は一体……?」
「私がうっかり出してしまった小魚です!水!」
「うっかり小魚を……?どういうことかわからないが、ちょっと待ってくれ」
取り乱す私を見て、キース様は両手の平を胸の前に出して目を閉じた。そのまま、何かを祈るように念じると、彼の手のひらの上に小さな四角形の容れ物が現れた。
キース様は庭の隅の天水桶まで駆けていって、水を汲んで戻ってきてくれた。
私はキース様が生み出したそれに小金を入れた。水を得た金魚はふよふよと泳ぎだした。
目の高さにそれを掲げて、キース様は不思議そうに首を傾げる。
「これは……なんという魚なのだ?」
四角形の、小さな容れ物の横から底から、しげしげと金魚を眺める。
なんの飾りも、色も着いていない、ただのガラスの容れ物は、金魚の泳ぐ姿をはっきりと見せてくれる。
ぴんぽんぱんぽん♪
『おめでとう!レベルが6に上がったよ!一日に二十匹までの金魚を出せるようになったよ!』
『レベルが6になったので付与能力「餌管理」が使えるようになったよ!常に適切な量の餌を与えることが出来るよ!』
私はキース様のガラスの容れ物を持っていない方の手をぎゅっと握り締めた。
「―― 素晴らしい『スキル』ですっ!!」
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