第2話 貧乏男爵令嬢、レベルが上がる。
レベル1 一日一匹 和金(小金)が出せる。
『慣れてくれば色も選べるようになるよ。習熟度をあげていこう!』
「本当?紅白とかキャリコとか出せるようになるの?」
どうやら練習次第では金魚の大きさや色模様も選べるようになるらしい。『きんぎょ創造』の習熟度というものがどういうものがちょっとわからないが、とにかくまずはレベルをあげなければならないそうだ。
……いや、一生懸命にレベルを上げたからって出せる金魚が増えるだけなんだけどね!
「うう……役に立つ『スキル』が現れれば、もしかしたら貧乏から脱出できるかもしれないって思ってたのに……」
コップの中の小金を眺めながら肩を落とす。きっとお父様もがっかりするわ。『スキル』次第では高位貴族の家で働くことも出来ただろうに。
ダメもとで王都で使用人募集していないか聞いてみようかな。侍女になれればいいんだけど。
私がぶつぶつぼやいていると、金魚達が私の正面に漂ってきて首を(?)傾げた。
『何を落ち込んでるのさ』
『金魚をたくさん出せるようになれば道は開けるよ!』
金魚を出して開ける道って何だ?
『まったくもう、ぼくたちは観賞魚なんだよ。前の世界でもきちんと値段が付けられて売られていただろう』
『そうだよ。たくさん金魚を出して売ればいいんだよ。この世界には金魚がいないんだから、きみが市場を独占さ』
理解の悪い私に呆れたように金魚達が言い募る。
すごい。私、金魚に呆れられている。人類としての矜持がヤバい。
ていうか、金魚に「市場を独占」なんて言葉を教えたのはどこのどいつだ。どこでそんな言葉覚えてきたんだ。
それはともかく、確かに金魚をたくさん出せるようになれば、売り物になるかもしれない。貴族や商人なら珍しい生き物を欲しがるだろうし……
「でも、駄目だわ」
私は首を横に振った。
「だって、もしも買った人が金魚を川とかに放したら、この世界の生態系が崩れてしまうわ」
前世の世界でも縁日の出店ですくった金魚を近くの川に捨てていってしまったりと、金魚が川や池に放流されてしまう問題があった。
金魚の中でも原種のフナに近いものはメダカみたいな小さい魚を殺してしまったりするのだ。外来種を放流する危険性を見て見ぬ振りすることは出来ない。
そう思って首を振ったのだが、金魚は『大丈夫』と太鼓判を押した。
『これは餌も食べるし糞もするしちゃんと生きているけれど、あくまで創造で生み出されたものだからね。生殖能力はないよ』
『だから放流されても増えることはないよ。それに、きみのレベルが上がれば放流された金魚の気配を察知してその個体を自由自在に手元に呼び出すことも出来るようになるよ』
「なんなのその能力!?将来的に私、どんな能力者になる予定なの!?」
『レベルマックスまでいけば金魚に関して出来ないことは何もなくなるよ』
増えないのはいいが、所詮創造物というのはちょっと切ないな。と思っていたら、なんかとんでもない能力を聞かされて私は頭を抱えた。
いったい私はどうなってしまうんだ。
『とにかく、生態系については問題ないよ』
『そうだよ。だから、早くレベルを上げよう』
金魚達がレベル上げを促してくる。金魚にレベルを上げろと命じられるような男爵令嬢じゃあ、乙女ゲームのヒロインにはなれないし俺tueee!も出来ませんよね。理解しました。どうもすいません。
「ふう……」
私は気を取り直してコップを手に取り、小金を見つめた。
この世界に観賞用の魚というものはない。魚を観賞するという文化そのものがないのだが、きれいな鳥を籠に入れて飼う貴族は多い。であれば、きれいな魚がいれば、鳥と同じように飼いたいと思う人々は少なからずいるはずだ。
金魚達の言うように、レベルを上げて金魚をたくさん出せるようになれば、商売になるかもしれない。
「わかったわ。私、レベルを上げて金魚屋さんをやるわ」
私は決意を込めて言った。
異世界に転生して男爵令嬢にまでなっておきながら、将来の目標が金魚屋開業で本当にごめんなさい。イケメン貴族とのラブロマンスとかチートで無双とかはきっと別な人がやってくれるでしょう。私はおとなしく金魚を増やします。
「レベルを上げるにはどうすればいいの?」
『生育環境を整えればレベルは上がるよ』
「せ、生育環境……?」
『餌を用意したり、水草を入れたり、いろいろあるでしょ』
「そっか……ん?」
手に持ったコップの中の小金が、水面でぱくぱくしているのに気づいた。
「あ、もしかして酸素が足りない?」
小さなコップだから無理もない。
私は慌てて屋敷の外の井戸に向かった。
厨房から使っていない古い桶を持ってきて、井戸の水を移しその中にコップの水ごと小金を入れる。小金は狭いコップの中よりは広い桶の中を悠々と泳ぎ始めた。
「水草が必要だなぁ。それから餌と、あとは砂利か……とりあえず真っ先に必要なのはそれと……」
ぴんぽんぱんぽん♪
突然、脳内に館内放送のお知らせみたいな音楽が響き渡った。
『おめでとう!レベルが2に上がったよ!一日に小金が五匹もしくは大きな和金が一匹出せるようになったよ!』
『レベルが2に上がったので付与能力「金魚寄せ」が使えるようになったよ!一度に五匹までの金魚を水面に引き寄せることが出来るよ!』
「なんかいきなりレベルが上がった!そして謎の能力が身についた!なに!?なんで!?」
金魚達がレベルが上がったことを告げながら嬉しそうに頭の周りを飛び回る。私はひたすら戸惑った。
「今、レベルが上がるようなこと何もしていないでしょ?」
『金魚を桶に入れたじゃないか』
私は足下の桶と、そこを泳ぐ一匹の小金を見た。
「ま、まさかこれだけでレベルが上がったの……?」
生育環境を整えればレベルが上がるってこういうこと?狭いコップの中で苦しんでいた小金を大きな桶に入れてあげたからレベルが上がったのか。
いや、別にいいんだけど、レベル上げって普通もっと苦労を伴うものというか、苦しい修行を乗り越えてついに……みたいなイメージあるから……
私、桶に水を入れただけだし……いや、楽でいいんだけどさ。
『この調子で頑張って!』
この調子も何も。私がしたことは厨房から桶を持ってきて井戸の水を汲んで小金を放っただけ!これでレベルが上がったなんていったら、全国の勇者達からどつき倒されるでしょうよ。
「……とりあえず、餌でも取ってくるかな」
この世界に金魚の餌なんて気の利いたもんは売っていないので、餌はイトミミズ一択だ。川底の泥をすくえばいくらでも取れるだろう。
そう思って屋敷の近くの小川の底をさらってみれば、案の定あっさりと餌が手に入った。適当な瓶にイトミミズを入れて持ち帰り、桶の小金に与えてみる。すると、再び頭の中にレベルアップの音楽が鳴り響いた。
『おめでとう!レベルが3に上がったよ!一日に出目金を一匹出せるようになったよ!』
『レベルが3になったので、付与能力として「黒」が使えるようになったよ!金魚の色を赤か黒か選べるようになったよ!』
「出目金キターーー!!」
なんかもう、とりあえず喜んでおこう。
出目金の次は何が出せるようになるんだろう?らんちゅうとか琉金あたりか?
レベルを上げていけばおそらく色のバリエーションも増えるのだろうな。そのうち付与能力で尾ビレの形とかも選べるようになりそうだな。
とりあえず、明日は黒出目金を出してみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます