きんぎょ転生〜金魚と一緒に異世界転生してしまったのでとりあえず金魚増やします〜

荒瀬ヤヒロ

第1話 貧乏男爵令嬢、前世を思い出し和金に励まされる。




 めまいがしたのだ。お腹がすきすぎて。


 私、アカリア・ゴールドフィッシュは男爵令嬢だ、一応。


 一応、と付けたのは、我が家は貴族なんて名ばかりのド貧乏だからだ。領地は小さくて特に名産品もないし、何より曾祖父が相当な放蕩者だったらしく先祖伝来の資産を食い潰したという。

 そんな訳で、我が家は使用人を雇うことすら出来ないし、王都にタウンハウスを持つなんて夢のまた夢、私も年頃だけどドレスがないから夜会にも出られないし持参金が払えないから嫁の貰い手もない。貴族令嬢としてはわりとお先真っ暗な感じがある。


 ふらふらとベッドに倒れこんだ私は、暗くなっていく視界がまるで自分の未来の暗示のように思えて、閉じた目から一筋の涙を流した。


 その時、暗い視界に、不思議な光景が浮かび上がった。


 今の私と同じくらいの歳の少女が、見たこともない道を歩く姿。

 そして、――――



「……っ、思い出したぁぁぁっ!!」


 私は思わず叫んで起き上がった。



 私、アカリア・ゴールドフィッシュは日本人だった。

 そう、そうだ。あの日は確か、町内で行われた祭りの帰りで、信号無視のトラックに突っ込まれて……


「わ、私……死んだんだ。それじゃあ、これってもしかして、転生ってやつ……?」


 私は自分の頬を押さえてきょろきょろ辺りを見回した。

 見慣れた自分の部屋は隙間風の吹き込むオンボロだ。うう……転生するならもうちょっとお金持ちに生まれたかった。


 ……ん?


 何か見慣れない……いや、嫌というほど見慣れているけれど、転生してからは一度も見たことがないはずのものが、目に入った気がする。


 いや、気のせいよね。見間違いだわ。


 そう自分に言い聞かせるが、それはひらひらと空中を漂っていて、私の視界にちらちら入る。


 小さくて赤くて、空中を水の中のように泳ぐ、


 二匹の、金魚が。


「ええ……?」


 何で金魚が浮いてるの?


 呆気にとられていると、ひらひらと泳いでいる金魚と目が(?)合った。


『あ』

「え?」


 私が見ていることに気づいた(?)金魚達が、ひらひらと近くに寄ってきた。


『やっと見えるようになった?』


「は、話しかけられた!?」


 どうしよう。空飛ぶ金魚に話しかけられた。お母さんが子供の頃観てたっていう空飛ぶ金魚のアニメでも流暢な人語を話したりはしなかったはずなのに!どうしたらいい?


『まったく、十六年近くかかるなんて』

『ずっと近くにいたのに、全然気づかなかったね』


「え?」


 二匹の金魚にやたらフレンドリーに話しかけられて、私は戸惑った。


 この世界に、金魚、というか、観賞用の魚なんかいないはず。というか、魚を観賞するという文化がない。


 それなら、この金魚達はいったいどこから来たのだろう……あれ?そういえば、確か、前世でトラックにひかれた時……


「そうだ……あの時、私は町内のお祭りに参加した帰りで……金魚すくい大会で優勝して参加賞の金魚二匹を持って帰ってる途中だったんだ!」


 思い出した。前世の私は、ちょっと名の知れた金魚すくい名人だったのだ!


「え?じゃあ、もしかして……あなたたち、あの時に私と一緒に死んじゃったの!?」


 金魚達がうんうんと頷くようにふわふわと漂った。


 なんてこった。つまり、この金魚達は私と一緒に異世界転生してしまったんだ。


 私の転生に巻き込まれてしまったということだろうか。

 そして、この子達は私が生まれた時から傍にいたんだ。


「わ、私が道連れにしてしまったから、空を飛んで人の言葉を話すようになってしまったの……?私を恨んでる……?」


『ぼくたち、きみの周りを十六年近く漂ってたんだよ。人間の言葉ぐらい覚えるよ』

『ねー』


「そ、そうなの?」


『不慮の事故だし、恨む訳ないじゃない』

『とにかく、きみにはぼくたちの加護があるから』


 金魚は私に向かってそう言った。


 金魚の加護、とは……?


『とりあえず、コップに水を汲んできてよ』


 金魚がそう言うので、私はそれに従った。水を汲んで戻ってくると、今度はそのコップに手をかざして念じるように言われる。


 為すすべもなく金魚の命令に従うと、何もない空間にぽんっと小さな金魚が現れ、そのままコップの水の中にぽちゃりと落ちた。


「……え?何、今の?」


 突然、目の前に現れてコップの中をすいすい泳ぐ小さな金魚――小金に動揺していると、空飛ぶ金魚が耳元で言った。


『きみは目覚めたばかりだから、まだ一日に一匹しか出せないよ』


「目覚めたばかりって……ちょっと待って!これってもしかして私の『スキル』ってこと!?」


 この世界には『スキル』というものがある。生まれながらに与えられた特別な才能というか、まあ、魔法みたいなものだ。

 例えば、『剣技』っていう『スキル』だと、めちゃくちゃ強い剣士になれる。『怪力』っていう『スキル』もあるし、攻撃系以外だと『探査』とか『回復』とかも聞いたことがある。それから、創造系と呼ばれる種類もある。『岩創造』っていう『スキル』の人は、何もない空間に岩を生み出すことが出来るのだ。

 『スキル』は誰もが目覚める訳ではなく持っている人と持ってない人がいるけれど、貴族の多くは『スキル』持ちだ。だいたい十五、十六の年齢で目覚めることが多い。

 私も出来ればお金を稼げそうな『スキル』が目覚めないかなぁと思っていたんだけど……


 私の『スキル』、金魚を出すだけ!?


 なんで!?金魚を道連れにしたから、その天罰!?金魚の呪い!?

 私の『スキル』は『きんぎょ創造』なの!?


『今のきみはレベル1だから、一日一匹の和金を出すことしか出来ないよ。もっとレベルが上がれば出目金も出せるようになるよ。頑張れ!』


「和金に出目金を出せるように頑張れと応援される私!どうなってんの!?」


 普通、異世界転生ってもっときらびやかな乙女ゲームのヒロインか悪役令嬢に転生したりして恋愛したり婚約破棄したり断罪回避したりざまぁしたり俺tueeee!したりするもんじゃないの!?

 貧乏な男爵家の領地のオンボロ屋敷で和金達に応援されながら金魚を生み出す異世界転生ってなんなのよ!?


 なんなの?前世で金魚すくい名人だった私への罰?金魚すくい過ぎて金魚の恨みでこんな『スキル』を与えられたの!?

 金魚すくい過ぎたら異世界に転生した時に金魚を創造する能力が与えられるよ、って誰も教えてくれなかったもん!教科書に載ってなかった!じゃあ、金魚すくい業界で名を馳せるあの人もあの人も、死後は異世界転生して『きんぎょ創造』!?

 きんぎょきんぎょ言い過ぎて訳わかんなくなってきた!


『大丈夫!きみならきっとすぐに、らんちゅうも出せるようになるさ!』


「本当!?オランダシシガシラとかも出せるようになる!?」


『地道にレベルをあげていけば大丈夫さ!一緒に頑張ろう!』


 ひたすら混乱する私の頭の周りを漂う金魚達が、そう励ましてくれたのだった。




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