第15話 二人きり(+二匹)の夜
『アカリア、何してるの?』
『何してるの?』
私が机に向かってうんうん唸っていると、きんちゃんとぎょっくんが手元に寄ってきた。
「展示会のレイアウトを考えているのよ」
イメージは前の世界の水族館だ。キース様が造ってくれる水槽をたくさん置いて、出来れば真ん中に何か目立つものをどーんと置きたい。
金魚は種類ごとに分けるべきか、混ぜた水槽も創るべきか。
空気玉を水槽に入れた時にレベルが一つ上がって丹頂が出せるようになったので、丹頂も展示会に出すつもりだが、まだ一日に一匹しか出せないため展示会までに地道に増やしている最中だ。
和金は一日に三十匹出せるようになっているので、こちらは展示会が近くなってから出せばいいだろう。あまり家の中を金魚だらけにしてしまうと、湿気でただでさえボロい壁がカビてしまう。
「うーん、難しいわ」
私はペンを投げ出して伸びをした。レイアウトとかデザインって難しいのね。
私はイメージだけ伝えて、細かいことはミッセル氏に考えてもらった方がいいかもしれない。
『がんばれ』
『がんばれ』
つんつんと頭をつつかれて応援される。
そうよね。金魚がこの世界に広まるかは展示会の成功にかかっているしね。頑張らなくちゃ。
そう思って再び机に向かった時、どたどたと廊下を走る音が聞こえてきた。
「アカリア!見てくれ!」
「お兄様?」
キース様が興奮した様子で飛び込んできた。
「こんな形の水槽が出来たんだ!」
そう言ってお兄様が机の上に置いたのは、私が思い描いていた金魚鉢ではなかったが、見事な円柱型のガラス水槽だった。
「キースお兄様!すごいです!」
私は椅子から立ち上がった。
円柱型の水槽を展示の真ん中に置けば、きっと訪れた人の目を引くだろう。
たくさんの四角い水槽の真ん中に円柱型の水槽を置き、まず四角い水槽を見て驚いた人々が、真ん中の円柱型の水槽に気づいて引き寄せられていくのを私は想像した。
きっと、話題になるだろう。今まで誰も見たことがない金魚と誰も見たことがないガラスの存在が。
「キースお兄様、ありがとうございます……」
「何を言う。アカリアのためでもあるし、俺自身のため、ゴールドフィッシュ家のためでもあるんだ。礼など言うな」
感極まって涙がこみ上げてくる。そんな私の肩を抱いて、キース様は微笑んだ。
***
ミッセル氏は順調に和金を知り合いの貴族達に見せびらかし、彼らの関心を買うことに成功しているようだった。
「キース、アカリアを頼むぞ。アカリア、思うようにやってみなさい」
いよいよ展示会に向けて王都へ出発する私とキース様に、お父様はそう声をかけて送り出してくれた。
お父様、ありがとう。私、絶対に展示会を成功させてみせますわ。
「アカリアは王都は初めてかい?」
「ええ、楽しみです」
『たのしみー』
『たのしみー』
もちろん、きんちゃんとぎょっくんも一緒だ。
王都までは一昼夜かかるので、途中で一泊しなければならない。
予定していた町に着いたのはすっかり暗くなってからだった。長々と馬車に乗っていたのですっかり疲れてしまった。ミッセル氏はよく馬車で行ったり来たりしてあれだけ元気だったな。バイタリティがすごい。
お父様の名前で宿を用意してあるはずなので、キース様と共にそこへ向かった。
「……は?」
キース様がイケメンなお顔を珍妙な形に歪ませる。
「申し訳ありません。どうやら手違いがあったようでして」
宿の受付のお姉さんが眉をへにゃりと下げた。
部屋が一つしか空いていないと言われて、キース様が珍妙に歪んだ顔のまま五秒ほど固まった。
「もう一部屋って……」
「すみません、今日は他の部屋は埋まっていまして」
お姉さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「じゃあ、一部屋でも大丈夫です。ね?お兄様」
「……あ?」
お姉さんから鍵を受け取って、固まったままのキース様の背中を押して泊まる部屋へ向かった。
安い宿なので狭いが、一応ベッドの他に小さなソファも付いていた。
部屋の中に入るなり、固まっていたキース様が復活した。
「あ、あああああアカリア!俺は他の宿を探す!
「こんな小さな町に二つも宿屋はないと思いますよ?」
「じゃ、じゃあ、俺は野宿を……」
「野宿の準備などありませんし、危険です!キースお兄様に何かあったらどうするのですか?」
キース様は真っ青になって狼狽えている。
そんなに怯えなくても、同じ部屋にはきんちゃんとぎょっくんもいるので二人きりじゃありませんよ?まあ、キース様には見えていないのだけれど。
きんちゃんとぎょっくんは青くなったキース様のこめかみを尾鰭でぴちぴち叩いている。
「し、しかし、男女が同じ部屋などっ」
「義理とはいえ兄妹ですし」
確かに、年頃の男女が二人で同じ部屋はまずいと思う。でも、キース様はいつも私に優しくしてくれるし、妹としてかわいがられているのがわかる。だから、大丈夫だと思うのだけれど。
「しかし、アカリアは嫁入り前で……」
「私は嫁になんか行きませんよ」
「え、いや、そ、そうか。そうだな……いやでも、こういうことはちゃんと義父上にも話を通してからでなくては」
キース様はなにやらぶつぶつ呟いていたが、私はベッドにかかった薄い掛布だけ貰ってソファに腰掛けた。
「私はここで寝ますので!キースお兄様はベッドで寝てください」
「……は?」
粗末なソファはちょっと硬いが寝れないことはない。横になろうとした私を、キース様が慌てて止めた。
「俺がソファで寝る!アカリアはベッドに」
「いえ、私はどこでも寝れるのでお構いなく」
「馬鹿を言うな!女性をソファに寝せて男がベッドで眠れるものか!」
キース様が紳士だ。
押し問答の末、キース様がソファ、私がベッドで寝ることになった。キース様が私がソファで寝るなら自分は廊下の床で寝ると言い張ったからだ。
ベッドに横になって、おやすみの挨拶をして明かりを消す。
暗くなった部屋の天井の辺りに、きんちゃんとぎょっくんが浮かんでいる。
それを眺めているうちに、私は前世を思い出す前のことを思い出した。
私は元々、貧乏領地に生まれたことを不満に思うだけで、自分では何もしていなかった。今だって、私は金魚達や周りの人達に助けられているだけかもしれない。
だから、私が金魚達とこの世界の人達を繋ぐ手伝いが出来たらいいと思う。
金魚は、前の世界では多くの人が子供の頃に飼った経験がある生き物だ。小学校の教室にはたいてい金魚がいて、子供達が飼育係を務めていた。お祭りには必ず金魚すくいがあって、子供も大人も楽しめた。
前の世界で、金魚はすごく身近な生き物だった。この世界でも、それぐらい身近な存在になってくれたらと思う。
「……私、頑張るよ」
天井を飛び回る金魚達に向けてそう呟いた。
「……アカリアは、頑張っているよ」
まだ起きていたのか、キース様の声がした。
私は微笑みを浮かべて、目を閉じた。
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